「有馬人形筆」復活から一年超え 持ち主に幸せを運び続ける

 神戸・有馬温泉の「有馬人形筆」。室町時代から約450年間受け継がれてきた伝統工芸品です。有名な観光地の製品ですから、目にした方もおられるでしょう。筆を立てると軸の先端からひょこりと豆粒ほどの愛らしい人形が飛び出します。長く子宝を授かる縁起物などとして愛されてきたこの筆の唯一の継承店である「灰吹屋 西田筆店」が2016年初冬、火事で全焼。しかし2018年1月に周囲の励ましと助力を得て七代目ご夫婦の西田健一郎さん(72)と妻・明子さん(73)ご夫婦が店を復活させました。再開から一年を超え、ようやく落ち着いてきたというお二人に先代たちの思い出や訪れるお客様との交流、そして伝統を大切に守りつつ、筆軸に巻く絹糸の新しい巻き方を取り入れるなどの革新の取り組みについて聞きました。

 「11月に入って肌寒く、小雨の降る夜でした。夜中に気配を感じて二階の居室で目が覚めると一階の店舗が燃えていました。裸足で着の身着のまま冷たい雨の降る外まで夢中で逃げました」と明子さん。しかしその一か月後には有馬温泉観光協会会長や上大坊のオーナーなどから焼け跡に共同店舗を建てるのでそこに入らないか、という申し出があったそう。蓄えてあった絹糸も、作り置いていた人形筆も、糸車などの道具もすべて焼け、ご夫婦には再開をためらう気持ちもありました。が、すすで真っ黒に汚れた看板を洗いに出すと元のままの綺麗な屋号が木目の上にはっきりと浮かび上がってきたことと、火事のあった年の2月に亡くなった先代の西田光子さん(享年93)の顔写真はぐうぜん、火の手を逃れ生前と変わらぬ笑顔のまま出てきたこと、そして周囲の後押しが夫婦の心を動かしました。「伝統を継がねば、絶やしてはいけない」と思ったそうです。

 再開した店舗は大きなガラス戸からうらうらと日が差し込み、色とりどりの人形筆を並べた店先の奥にある居室の、掘りごたつに入ってお二人は制作を行います。筆者もそこにお邪魔してこたつに足を入れながらお話を聞きました。取材日はたまたま姪ごさんも筆軸に絹糸を巻く「巻き手」として手伝いに来られていて和やかな雰囲気。他にも数名、外から巻きを手伝ってくださる方がおられるそうです。先日もその方たちに向け講習会をして……と穏やかな横顔で語る明子さん。命にかかわる大変な経験を経たご夫婦が、今ここで家業を継ぎ、伝統の人形筆の制作を続けている、ということがかけがえのないことであるように感じられました。

 「やっと落ち着いてきた」とふたりはいいますが、同時に「先々代、先代の苦労と偉大さを改めて感じる」ことも多いといいます。人形筆は第二次世界大戦などで一時、殆ど生産が行われなくなっていたのを先々代である5代目が、先達のない状態から復活させたのだそう。「先々代は残っていた人形筆をばらばらにして、仕掛けなどを調べて……糸も解きながら巻き方を勉強して」。その姿が、火事で店が全焼し、ゼロからのスタートとなった自分たちの姿に重なるのかもしれません。しかしご夫婦は受け継がれてきた伝統を大事に守りつつも、最近の巻き手さん達が提案してくる新しい巻き方である「ステンドグラス」、「花束」などの柄も積極的に受け入れます。色目も従来のものより明るく彩度の高いパステルカラー調にするなど時代に沿った製品を店に並べ、これが好評なのだそう。「iPadを使ってメールのやり取りもしますよ。そうしないと商売がやっていけませんから」と健一郎さんは笑います。

 最後に少子化、晩婚化が懸念される現代において、もともと、結婚のお祝いや子宝を授かるお守りとして知られた「有馬人形筆」がどのような人に求められるのか聞いてみました。今は美しい工芸品として買いに来る人が多いのでは、前述のような目的で買い求めに来る人は途絶えてはいませんか?と。「いえ、今でもたくさんの人が来てくださいます。この筆を買った後でお子さんができました、というご報告や、ご結婚が決まった女友達にお祝いで買いますというお嬢さんもいましたし、ご自分が親に買ってもらったから、娘にも買ってやりたい、と世代をこえてお求めくださる方も」と明子さん。愛らしい人形筆が良いニュースと幸せを持ち主と店に運んできてくれるのかもしれません。

(まいどなニュース特約・山本明)

◆「有馬人形筆」(1本、紙箱入り、ステンドグラス柄等)3000円(税込み)

◆「灰吹屋西田筆店」連絡先などの詳細はこちら/http://www.arimahude.com/index.html

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