韓国の山に捨てられていた犬 保護して1年後にようやく「ワン」
Fさん宅のインターホンを押すと、家の中から「ワン!」という元気な声が聞こえてきました。そして、玄関のドアが開くと白いモコモコの犬が出てきて、また「ワン!」。番犬として吠えたというより、「どうぞ、中へ」と迎え入れてくれているような、穏やかな鳴き声でした。でもこの犬、Fさんの家に来てから1年間はまったく鳴かなかったそうです。
犬の名前はココ。『犬の輸入検疫証明書』によれば、2009年5月16日生まれの男の子で、もうすぐ10歳になります。なぜ検疫証明書があるのか? ココ君は韓国で生まれて、2012年3月に飛行機で日本へやってきたのです。
長年、犬を飼ってきたFさんは、先代のボーダーコリーを亡くしたとき、もう飼わないと決めていたそうです。でも、心のどこかに「もう一度、犬と暮らしたい」という思いがあったのでしょう。1年半後、保護犬情報をパソコンで検索していたとき、1頭の犬に目が留まりました。それがココ君…ではなく、気になったのは別の犬でした。
情報を掲載していた団体に連絡したところ、自宅へ連れて来てくれることになりました。1匹だけかと思っていたら、なぜか3匹。そのうちの1匹がココ君(当時の名前はボク君)だったのです。
「ずっと私の膝に乗って“営業”してきたんです(笑)。それで『この子が気になります』とお伝えしたら、『置いて帰ります』と。結局、そのままうちの子になりました。しばらくして様子を見に来られたのですが、特に話し合うこともなく、当然のように引き取りましたね」
ココ君は面会に来た人をちゃんと覚えていて、尻尾を振って喜んだそうですが、「他の犬はこんな反応をしない」と、その人は驚いていたとか。そして、こう付け加えたそうです。「この子は賢い。泥棒を捕まえたこともあるしね!」。
ココ君と一緒に生活しているうちに、Fさんはあることに気づきました。家に来てから一度も吠えたことがなかったのです。「泥棒を捕まえたとおっしゃっていたくらいですから、以前は吠えていたと思うのですが…」とFさん。ご主人は「声帯を切られるか何かして、声を出せないのかと思いました」と当時を振り返ります。
実は、ココ君は韓国の山に捨てられ、子どもたちにおもちゃのピストルの標的にされていたと、譲り受けた人から聞いていました。だから「声帯を切られる」などという残酷なことが頭をよぎったのでしょう。家の庭に放すと茂みに隠れて出てこなかったと言いますから、相当つらい経験をしてきたことがうかがえます。
そんなココ君がある日、かすれたような、上ずったような声で「ワン」と鳴きました。引き取って1年が過ぎた頃のことです。想像の域を出ませんが、韓国では吠えるたびに叱られたり虐待を受けたりして、それがトラウマになっていたのかもしれません。「ようやく自分の家だと思えたんでしょうね」。ご主人は足元に座るココ君をなでながら、目を細めて言いました。
そのご主人に馴れるのにも、やはり1年近く掛かったそう。「ココにとっては妻が主人で、私は召使ですよ(笑)」。今となっては笑い話ですが、男の人が苦手で、散歩中も男の人から逃げるようにしていたと聞くと、やはり韓国時代のつらい記憶が残っていたのだろうと思います。
でも、それは昔の話。今は幸せいっぱいです。「私たちの年齢的に、ココが最後の犬になるでしょう。いい出会いでしたね」とFさん。海を越えて幸せをつかんだココ君は、きょうも家族を笑顔にしています。
(まいどなニュース特約・岡部充代)