おばあちゃんの手が上がった! 元保護猫との触れ合いで

 おばあちゃんの膝の上でまったりする猫--そう聞けば、多くの人がすぐに光景を思い浮かべることができるでしょう。日の当たる縁側、暖炉の前のロッキングチェアなど、細かな設定もイメージできるかもしれません。でも、ここは特別養護老人ホーム。おばあちゃんは車椅子に乗っています。大阪・住之江区にある特別養護老人ホーム「加賀屋の森」は、人と猫が“共生”する施設です。

 シロとトラはどちらも元保護猫。推定1歳のオスで、昨年夏に施設にやってきました。「コンパニオンアニマルルーム」と名付けられた部屋で暮らし、元動物看護士や元トリマーのスタッフに連れられて施設の中を巡回したり、2匹とのふれあいを求めて、一日に3度設定されている“ふれあいタイム”に部屋に遊びに来る入居者たちのお相手をします。

 シロとトラが施設にもたらす効果は計り知れません。入居者にプラスの変化が表れるのは珍しいことではなく、頻繁に「家に帰りたい」と訴えていた入居者が、コンパニオンアニマルルームで友人を作ることができ明るく元気になった、日常的にイライラして暴言を吐くことさえあった入居者が、2匹とのふれあいを通じて穏やかになった、などエピソードは枚挙にいとまがありません。

 目に見える変化があったのは、入所5年目の大山久子さん(89歳)です。もともと動物好きの大山さんは、シロとトラのことも大好き。巡回だけでは物足りず、専用ルームにも会いに行きます。「2日に1回は会っていますかね」と大山さん。物静かなタイプで、他の入居者と積極的に話すことはなかったそうですが、2匹のことを話題に会話が増えたと言います。

 そんなある日、スタッフが目を丸くする“事件”が起きました。いつものように、大山さんがシロとトラとふれあっていると…猫じゃらしを持った右手が高く上がっているではありませんか! それまでは、肘あたりまでしか上がらなかったのに、2匹と遊んであげたい気持ちが勝ったのでしょう、指先が頭の上あたりまで上がったそうです。

 また、以前は車椅子から立ち上がるのがやっとだったのが、スタッフに見守られ、自力でベッドへ移れるようにもなりました。もちろん、理学療法士やケースワーカーの献身的なお世話があったからだとは思いますが、「シロとトラが一助になったのは間違いない」とスタッフは口をそろえます。

 膝の上のシロをなでながら、大山さんが笑顔で教えてくれました。「生き物は温かいでしょう? 柔らかくてきれいだし、なでていて気持ちがいい。この子たちが来てくれて、施設が賑やかになりましたよ」。笑顔は大山さんだけでなく、入居者全般に増えたそうです。しかも“満面の笑み”が。

 実は、シロとトラには頼もしい“先輩”がいます。柴犬・いおり。2匹よりも5カ月早く施設に来ました。専用ルームでともに暮らし、じゃれ合うほどの仲の良さです。そんな先輩が入居者たちと穏やかにふれあう姿を見ているからでしょうか、「シロとトラは入居者さんに異様にやさしい」(スタッフ)のだとか。爪を立てたり「シャーッ」と威嚇したりしたことは一度もありません。

 家で過ごしているような感覚で生活してもらいたい、というコンセプトに基づいて迎えられたシロとトラ。日本でも増えてきたセラピードッグは犬ですが、猫もその役割を果たせることを2匹は証明してくれています。命を救われた恩返しをしているのかもしれません。

(まいどなニュース特約・岡部充代)

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