“パリ人肉事件”から38年 加害者・佐川一政の実弟が語る、事件の余波と兄
今から38年前の1981年6月11日。一人の日本人大学生が留学先のパリでオランダ人女子大生を銃殺し、死体を切り刻んでその一部を食べた。当時32才の佐川一政(70)が起こした、いわゆる“パリ人肉事件”である。犯行時、心神喪失状態にあったとされて不起訴処分になった佐川は、1984年5月、日本に帰国した。
ラ・サンテ拘置所にいる佐川との文通を劇作家の唐十郎がまとめた『佐川君からの手紙』は、第88回芥川賞を受賞。佐川自身が拘置所内で綴った『霧の中』もベストセラーになった。一人の人間を殺めたにも関わらず、佐川は一躍時の人となり、その後も自分の犯罪行為に関する著書を出版。成人映画やアダルトビデオにも出演した。
7月12日公開の『カニバ パリ人肉事件 38年目の真実』は、2013年に脳梗塞を発症し、要介護状態にある現在の佐川に密着したドキュメンタリーだ。人類学者ヴェレーナ・パラヴェルとルーシァン・キャステーヌ=テイラーが共同でメガフォンをとり、第74回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で審査員特別賞を受賞した。
この作品には佐川のほかに、もう一人の主人公がいる。実弟の佐川純氏(68)だ。大手広告代理店を50歳で早期退職し、現在は兄・一政の身の回りの世話をしている。作中ではカメラの前に顔をさらすのみならず、自らの秘密についてもカミングアウトする。兄・一政が事件を起こして38年。加害者家族として、純氏はどのような心境にあるのだろうか。話を聞いた。
純氏が事件の第一報に触れたのは、両親との夕食中。母方の祖母から一本の電話が入った。“外国で人を殺した犯人が佐川一政という名前だ”。すぐにテレビをつけると、当該ニュースが報じられていた。「親父とおふくろは“嘘だ、嘘だ”と信じられない様子でしたが、私にはすぐにピンとくるものがありました。その5年程前に兄はドイツ人女性が住むアパートに不法侵入をしたことがあるので、またやったのかと。しかし人肉を食べていたということは知らなかった。それからが大変でした」。自宅には報道陣が押しかけ、父親が対応。純氏と母親はすぐに福岡の知人の家に身を隠すことにした。
某企業の社長だった父親は、事件をきっかけに辞任。広告代理店に勤めていた純氏は「私の場合は会社が非常に良くしてくれて、福岡から2か月ほどで帰って来たときも快く受け入れてもらえました。その対応は本当にありがたかった」と感謝するが「会社にも取材の申し込みの電話がかかってくるし、兄の帰国後もマスコミに追いかけられた」と報道攻勢は加害者親族にも容赦なかった。親戚縁者で絶縁となった者もいる。
純氏は現在も独身。「結婚まで話が進みそうになった女性もいます。しかし相手の親に私のことを伝えた途端にNOが出る。それは当然のことです。わざわざ結婚相手に私たちのような兄弟を選びますか?それははなからわかっていることなので、怒っても仕方のない話です」。
自らの事件についての著書を出版する、事件を再現するかのような映像作品に出演する。世間の良識を逆なでするかのような兄・一政の表立った活動も、激しくバッシングされる理由の一つだ。「もし私が同じ立場ならば表には出ないだろうし、AV出演などよく恥ずかしくないなと思う。今でもやめてほしいと思っています」と嫌悪感を示す。ドキュメンタリーの中には、自身の犯行をグロテスクな絵柄で記した『まんが サガワさん』に対して、純氏が兄・一政を詰問するようなくだりもある。「どうしてあんなことを描いたのか?いまだに描くべきではなかったと私は思っています」。その憤りは変わらない。
なんの罪もないオランダ人女性ルネ・ハルテベルトさんを殺め、家族の未来を狂わせた元凶。しかし純氏はそんな兄・一政のことをかいがいしく介護している。なぜ受け入れることができたのか。「人を殺めたことは許されることではないし、遺族に対して申し訳ない気持ちもある。しかし自分にとっては愛すべき兄です。なんであれ、愛すべき兄ちゃんだから」。
現在、兄・一政は誤嚥性肺炎をこじらせて長期入院中だが「2日に1回様子を見に行くと、『いかないで』と離してくれない。そんな姿を見ると、胸に迫るものがある。この野郎とは思えないわけです。もちろん事件後は色々と喧嘩をしました。でもこの歳になってみて、兄と私は幼い頃の仲の良かった兄弟に戻った気がします。はたから見れば達観しすぎていると映るかもしれませんが…」。
この達観というか、兄・一政に対する割り切った感情はどのように生まれたのだろうか。そして38年も前の事件を掘り起こすかのようなドキュメンタリーの撮影に協力したのは何故なのか。その答えは『カニバ パリ人肉事件 38年目の真実』の中にある。
(まいどなニュース特約・石井隼人)