なぜ「富岳」は微妙な名称なのか 2021年稼働のスパコン「京」後継機
理化学研究所は神戸市の計算科学研究センターで2021年ごろに稼働をめざす、次世代スーパーコンピューターの名称「富岳」を発表した。富岳は富士山の別名だ。富士山の高さで、コンピューターの性能の高さを表現したという。富士山のすそ野の広さに、富岳も幅広い人に使われてほしいという願いも込められている。現在、計算科学研究センターに設置されている「京(けい)」の後継機で、能力は「京」の100倍。神戸経済ニュースのフェイスブックページには「富岳100京」(百景?)とダジャレも書き込まれた。個人的にもよい名前だとは思うが、実はちょっと微妙な名称でもある。
意外かもしれないが、「京」は神戸で、それなりに親しまれた名称だった。神戸空港と三宮を結ぶポートライナー(東京の「ゆりかもめ」みたいな乗り物です)の最寄り駅は、わざわざ「京コンピュータ前」に駅名を変更。神戸市が高度医療を提供する病院や医療関連企業の集積を進める産業団地「神戸医療産業都市」でも、「京」があるのは他所との違いだと売り込んでいる。毎年秋の一般公開では抽選に当たらないこともあり、最後だからと希望者全員が見学できるようにした2018年秋の一般公開では、子供たちの長い行列ができていた。それほど親しまれた名称を、妙にあっさりと捨てたな、という印象はある。
名称の発表にあたり、理研は東京で記者会見した。理研は「世界トップレベルの研究拠点・スーパーコンピューターであることを知っていただけること」「日本国内のみならず、世界中の方々にとって親しみやすい名称であること」という条件で名称を一般公募したと説明した。その条件は、当然ながら新しい話ではなく、名称を公募したときに発表されていた。新たな名称について記者が質問すると理研は、この2つの条件を繰り返すばかりだった。なぜ「京」をあっさり捨てたのかだけでなく、名称に関する質問を基本的に切り捨て、なぜか技術面については詳しく答えるという、やや軸の定まらない記者会見だった。
そうした理研の態度がなぜ微妙だったのかというと、「富岳」を理研と共同で開発するのが富士通だからだ。富岳は富士の異名なので、巨額の国費を投入するプロジェクトなのに富士通の広告みたいな名前を付けるのはどうか、という人が現れてもおかしくはない。せっかくの新名称の記者会見なのだから、そうした誤解を解いておく絶好の機会だったはず。あるいは「富士」という直接的な名前を付けなかったのが見識なのだとすれば、ひとこと触れておくのが得策だったのではないだろうか。
スーパーコンピューターは見た目が山のように大きいことから、海外でも山の名前をつけがちだ。サミット(英語で頂上)、シエラ(スペイン語で山脈)といった山に関する名前や、アルプス山脈にあるピーツ・ダイントのように、特定の山の名前を付けたコンピューターもある。だから富士山の名前を付けたくなるのは分かる。しかし応募が多かった名称は京の1000倍を示す「垓(がい)」のほか「雅(みやび)」「極(ごく)」といった、「京」から連想されそうな名前だったという。理研の記者会見には、せっかく松本紘理事長も出席したのだから、数ある公募の中から理研が選んだ名称「富岳」への思い入れを、もっと語ってほしかった。(経済ジャーナリスト・山本学)