1964東京五輪を“意外な場所”から記録した唯一のカメラマン

『東京オリンピック』カメラマンの山口益夫さん(撮影・石井隼人)
1964年、映画「東京オリンピック」を撮影する市川崑監督
誇らかに堂々と入場する晴れの日本選手団=1964年10月10日、国立競技場
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 オリンピックが日本で初めて開催されたのは、1964年のこと。それから半世紀を超えた来年2020年、再び東京でオリンピックが開かれる。

 映画監督の市川崑が総監督を務めた『東京オリンピック』(1965)は、当時の東京オリンピックを捉えた公式記録映画。撮影にはニュース映画社などに所属する164名のカメラマンが参加した。その中に、開催から55年経った現在も様々なメディアに取り上げられる貴重な経験をした人物がいる。

 それが産経映画社社長の山口益男さん(86)。オリンピック開催中に、国立競技場のど真ん中で撮影を行った唯一のカメラマンとして知られている。日本で初めて行われたオリンピックでカメラマン冥利に尽きる大抜擢…なのかと思いきや「誰一人やりたがらなかったポジション。私も本当に嫌でした」という。しかも山口さんは、集められたカメラマンの中でも1、2を争う若手だった。一体どういうことなのか。

 当時30代になったばかりの山口さん。若手カメラマンが担う仕事である箱根駅伝の撮影などを経験していたことから、陸上班チームとして招集された。『東京オリンピック』撮影プロジェクト発足当時は、各社のベテランカメラマンたちが国立競技場のど真ん中での撮影に意欲を見せていたというが「それまでの私たちが使用してきた望遠レンズは260ミリ。しかしその撮影で使用する望遠レンズは今まで見たことも使ったこともない800ミリや1,000ミリ。それを使ってベテランの方々がピンボケ映像など撮ったらメンツに関わる。機材が決まった途端、失敗を恐れて誰一人手を挙げなかった」。抜擢ではなく、お鉢が回ってきた形で若手の山口さんが担当することになった。

 国立競技場を一周するように12台ほどのカメラが設置された。一方、山口さんはグラウンド内に配置された5mほどの高さのやぐらの上から、脚立で固定されたカメラで撮影することに。競技中は助手の立ち入りも許されず、撮影からフィルム交換まですべて一人。会場が楕円形のため、リレーのようにグラウンドを一周する競技は正確なピント送りと、水平を維持したパン撮影の技術が求められた。

 「リレーの場合はピント調節をしつつ、水平を保って何周もグルグルと回らないといけない。カメラ位置的に姿勢もずっと中腰。ファインダーから目を離すと後ろから光線が入ってフィルムに焼き付いてしまうので、片目も密着させたまま。自分で撮影しながら『これは誰もやりたがらないはずだ』と思い知りました」と苦笑い。バトンを交換する瞬間も取り逃がしてはいけない場面で「アップで追っていたりすると、誰が次の走者なのか混乱してしまうときもあった」と苦労を滲ませる。

 撮影のために4時間ほどやぐらの上に滞在したこともあり「自分でも出ないとわかっているのに、やぐらに上がる前に何度もトイレにこもった」と思い出し笑い。競技が始まれば撮影に集中できるが「競技が始まるのを待っている時間が一番の緊張。観客もやることがないので、双眼鏡で僕のことを観察する。約5万人もの人に注視されるのは気持ちのいいものではありません。自分の足がガタガタ震えていたのを今でも思い出します」と冷や汗ものだ。

 結局、途中で交代してくれるカメラマンもおらず、山口さんは10日間やぐらの上で撮影を行った。「プレッシャーは凄かったですね。家に帰って布団に入っても次の日の撮影が心配で眠れず。眠っても夢で見るのは失敗する場面。あの緊張感は本当に嫌でした」。だが山口さんが撮影した数々のシーンは、市川崑監督をはじめ、口うるさいベテランカメラマン勢を黙らせた。

 ベストシーンは、女子800mの決勝。イギリス人アン・パッカー選手が1位でゴールに駆け込み、イギリス陸上代表であり婚約者のロビー・ブライトウェル選手に抱きつく場面。すべてを鮮明にワンカットで捉えた。「ベテランカメラマンたちがピンボケしている中で、私の撮影だけが上手くいった。脚本家として参加していた谷川俊太郎さんが、ワンカットで残すべきと市川監督に進言してくれたおかげで、『東京オリンピック』内での一番長いシーンになった。あれは私にとっての勲章です」と嬉しそうだ。

 55年経った現在も、一つ一つの出来事や心境を詳細に記憶している。山口さんはいう。「国立競技場のグラウンド内で撮影した経験は、私の人生で一番の思い出。デジタルではなく、フィルムという簡単ではない時代に撮影できたのもカメラマンとしての誇り」。2020年東京オリンピックも、記憶と記録に残るドラマが様々な場所で生まれるのだろう。

(まいどなニュース特約・石井隼人)

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