九州温泉ねこめぐり第13回 「癒しの宿」で客を癒す招き猫のこゆき
湯布院の奥座敷といわれる湯平(ゆのひら)温泉は、石畳の坂道沿いにおよそ30軒の旅館や土産物屋などが立ち並ぶノスタルジックな温泉街。福岡や東京・銀座などで割烹料理店を営む「鷹勝(たかしょう)」が手がける「癒しの宿 鷹勝」では、”支配人”のこゆき(メス、推定6歳)が、総支配人で女将の山田由美さん(38)の右腕として宿泊客を和ませている。
大分自動車道の湯布院ICから車で約20分。湯平温泉は古くから湯治場として栄えてきた。風情ある石畳の坂道は、夜になると提灯の光で赤く染まり、「カラン、コロン」とげたの音が響く。
「癒しの宿 鷹勝」は2013年4月にオープン。福岡や東京・銀座にある割烹料理店7店を営む「鷹勝」が江戸時代から続く旅館を引き継ぎ、リニューアルした。内湯付き離れ5棟7室と本館6室があり、料理店が営む宿だけあって新鮮な海の幸をはじめとする料理は逸品。温泉の泉質はアルカリ性単純温泉。刺激が少なく、特に疲労回復や病後回復には体を優しく温めてくれるお湯だ。
こゆきが初めて宿に現れたのは、開業準備中の13年春ころ。まだ体の毛は真っ白で、推定生後半年の野良だった。オープン後も、こゆきは宿の敷地内に勝手に入ってきては、宿泊客に食べ物をねだるなどして可愛がられていた。しかし、女将の山田さんは猫アレルギー持ちで、猫は苦手。見かけるといつも追い払っていた。
「でも、何度追い払っても懲りずにやってくるんですよ。夏になり、ある夜、私が1階の宿直室でテレビを見ていたときのこと。こゆきは自分で網戸を開けて、私が寝ていたベッドの上にピョコンと飛び乗ってきたんです。驚いていたら、そこで熟睡してしまい、なんだこの子はと(笑)。ずうずうしさにあきれてしまって、逆に笑うしかありませんでした。社長と相談した結果、『この子はきっと招き猫にちがいない』ということで、飼うことになったんです」
そうして半ば強引に、晴れて宿の看板猫となったこゆきだが、次第に女将の「右腕」になっていく。
「車でこられたお客様が駐車場の道のりで迷われてイライラされたり、あってはならないんですが、サービスの不行き届きなどがあったとき、こゆきは私たちとお客様とのやりとりを聞いていて、お客さんの元へふっと現れるんです。すると、不機嫌なお客様の表情が一転、『まあ、なんて可愛い子なの』と場の雰囲気が和んだり、『また会いに来るからね』と笑顔で帰っていかれたり。だから、今もですが、この子にはほんとに感謝しているんです」と山田さんは目を細める。
山田さんや従業員たちと、こゆきとの絆がさらに強まったのは3年前の熊本・大分地震だった。建物の床がはがれ、温泉施設もひび割れが入るなどの被害を受けた。こゆきは激しい揺れに驚き、宿を飛び出してしばらく行方不明になった。
「もちろん営業はできず、従業員全員でこゆきを探しましたが見つからず、避難もしなければならなくて、もう心配で心配で…。本震から2週間が経ち、諦めかけていたころ、どこからか戻ってきたんです。そのときは『無事で本当によかった』と、私も従業員もみんなで泣き、グループ全店にも報告しました」(山田さん)
その後、こゆきは「支配人」に就任。山田さんの猫アレルギーも、毎日こゆきの世話をするうちに、症状がほとんど出なくなったそうだ。ちなみに同宿では、予約段階で宿泊客にアレルギーがないか、猫がいるが大丈夫かを確認し、猫が苦手な人に対しては、こゆきを館内の部屋から出さないなどの措置を講じて配慮している。こゆきは毎日の朝礼に参加。「今日は猫NGのお客様がくる」という日は、不思議と部屋から出てこないという。
宿のロビーには、アップライトピアノがあり、ほぼ毎夕、従業員でピアニストの東島卓土さん(27)によるミニコンサートが行われる。「お客さんの前で僕がピアノをひき始めると、ちょうど曲が盛り上がっているくらいのときに登場して、人気を全部さらって独り占めするときもあります(笑)。ピアノの音色は嫌いじゃないようで、クラシックをひくとよく横で聴きながら気持ちよさそうに寝ています」(東島さん)
今年のGWから、敷地内に「ペットと泊まれる部屋」、「赤ちゃんに優しい部屋」を各2部屋ずつ新設。ペットや幼い子ども連れの家族も楽しめるようになった。山田さんは「私たちのモットーは笑顔と心のおもてなし。こゆきは、その思いを共有する同志です。マイペースですが、そばにいてくれると頼もしいかぎり。これからもずっと元気でいてほしいです」と微笑んだ。(まいどなニュース特約記者 西松宏)*「癒しの宿 鷹勝」 大分県由布市湯布院町湯平791 電話0977・86・2828