DVで逃げた母子に「緊急事態に当たらない」 保育園、予防接種…役所で感じた「無理解」

 配偶者やパートナーからの暴力(ドメスティックバイオレンス・DV)の相談が増え続けています。一方で、被害者への行政や司法の「無理解」ともいえる対応が更なる傷を与える「二次被害」も問題になっています。夫の暴力から逃げ、息子と暮らし始めたアキさん(仮名、31歳)もその一人。保育園の「緊急枠」を利用しようとして「DVでは認められない」と却下されたり、一時避難先で予防接種を受けようとすると「元の自治体に帰って受けて」と言われたりしたといい、「やっと新しい一歩を、という矢先に二重苦、三重苦だった」と両手を握りしめます。

 アキさんは6年前、20歳以上年上の夫と結婚しました。夫は地元で整骨院を開き「穏やかで優しい先生」として有名でしたが、結婚してからは「態度が一変した」と言います。

 外出の際はどこで誰に会うのか事細かに報告しなければならず、久しぶりに友人と会える日の前夜に限って些細なことで罵倒し、泣き腫らした顔にさせる。「子どもが欲しい」と望んだのに、妊娠すると「俺の子じゃない」と疑い、胸ぐらをつかんで吹っ飛ばす。アキさんは3度の切迫早産を乗り越え息子を出産しましたが、夫は息子の前でも暴言を吐き、アキさんの髪をつかんで引きずり回しました。それを見ていた息子も、話ができるようになると夫と同じ言葉でアキさんをなじり、腹が立つと殴ったり蹴ったりしていたといいます。

 整骨院の経営は思わしくなく、家計は同居する義父の年金に頼っていましたが、いつも火の車。義父は24時間介護が必要だったため、アキさんは「一人にする訳にはいかない」と耐え続けましたが、アキさん自身も体調を崩して入退院を繰り返す日々でした。

 昨年、義父の手術が成功したのを機に、アキさんは離婚を決意。再び暴力が始まったある朝、110番し、息子と家を飛び出しました。脚などには全治2週間のけがを負っていました。相談に訪れた役所では公営シェルターを勧められましたが、その規則は「携帯は施設で預かり」「外出は原則不可」。アキさんの親は持病があり、急変したときのことを考え入れない旨を伝えると「それなら自分で住居を探すしかないですね」と突き放されたといいます。

 アキさんはビジネスホテル暮らしを続けながら、警察で10時間近い事情聴取を受け、裁判所や役所を回りました。所持金も尽きかける中、不動産業者を通じて貧困支援団体を紹介され、2週間後に保育園が近くにあるアパートに転居。その保育園では「緊急枠に空きがあるから、待っていますよ」と言われましたが、役所で息子の入園の相談をすると「DVで逃げているのは緊急枠に当たりません」と言われたそうです。

 取材をするとこの自治体では、「緊急枠」は、家族が入院した場合や月半ばでの復職などを想定しており、DVは「待機児童も多く、本当にDVだという証明が必要」(担当課)として、基本的に子ども家庭センター(児童相談所)を通した案件のみを対象にしています。

 ただ、アキさんにそうした説明や案内は一切なく、一般と同じように一時保育か月1回の通常申し込みをするよう言われただけ。その園の通常枠は満員で、一時保育も空きのある園を訪れて見学申し込みをし、利用日を決めるシステム。アキさんは「心労からか肺炎にもなり、精神的にも体力的にも限界だった。役所の方の言葉に心が折れてしまった」。やむなくその後も子どもを連れて警察や裁判所を回りましたが「どれだけ不安にさせたか…」と悔やみます。

 その間も、夫は実家や友人宅を探し回っており、アキさんは約4カ月後に自宅から遠く離れた市に転居。その役所で息子の予防接種について尋ねたところ、「住民票を移していませんね。元の自治体に戻って受けるか、自費で払って還付手続きを受けてください」と言われたと言います。アキさんは今でも外出先で夫に出くわさないか不安で落ち着かず、突然の動悸や頭痛などPTSDの症状が続いています。そんな状況を説明しても、職員は「それが決まりですから」と答えるだけでした。

 その後、支援団体が自治体に掛け合い、予防接種はできることになりましたが、再訪した窓口では別の職員から「ちゃんとDVで逃げていることを職員に説明しましたか?」「本当にそんな対応を?」と疑われたそうです。アキさんは「子どもを守るため必死で逃げたのに、まるでこちらが悪いことをしたかのよう」と唇をかみます。

   ◇  ◇

 厚生労働省によると、DVや虐待の恐れがある場合は優先的に保育園に入れるという指針はありますが、実際の運用は自治体に任されています。予防接種も、法律では「居住地」で受けることになっており、「必ずしも『住民票』がある必要はなく、居住している実態を自治体側が把握できれば足りる」といい、里帰り出産中の接種もその一例です。DVで逃げていて通常の手続きができていない場合でも「居住地で接種できるよう、十分な配慮をしていただきたい」とします。

 ですが、DV被害者を支援している別の民間団体によると、「DV案件は『秘匿』とされているため職員間でも一部の担当者が把握しているだけ。さらに職員は2、3年おきに異動があり、被害者の心情の理解や『マニュアル』にない事例への対応は、必ずしも認識されていない」と指摘します。この団体ではスタッフが必ず役所の窓口に付き添って事情を説明していますが、被害者が一人だけで対処しようとすると、こうした「無理解」に直面するケースも少なくないそうです。

 DVが背景に潜む悲しい事件も相次いでいますが、まだまだ「家庭内の問題」と見過ごされている現状があります。被害者を社会全体で守ることは、当事者も、ひいてはその子どもの将来を守ることになるのではないでしょうか。

(まいどなニュース・広畑千春)

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