インク沼に沈む人びと…魅惑の万年筆カラーインクの世界 火付け役は神戸の色彩を映したインク
「インク沼」という言葉がここ数年、ブームです。万年筆用のカラーインクのとりこになり、様々な色のインクを何瓶も買い集める楽しみにはまり込んでしまったことを言うようですが、はたしていつごろからこの「沼」は出現したのでしょうか。聞くと、神戸の美しい風景を色鮮やかに表現したインク「Kobe INK物語」が火付け役といいます。インクの生みの親に、経緯と「沼」の魅力について聞きました。
SNSで「インク沼」と調べると、綺麗なインクの画像とともに、その“推しどころ”を語る人の投稿がたくさん上がってきます。「探し求めていた色」「見ているだけで楽しいけど、見てるだけでは終わらないのがインク沼」「散財しました…」などなど…。ご当地インクと呼ばれる地方色豊かなインクを旅先で購入し、楽しそうに紹介している人もいます。
神戸・三宮のナガサワ文具センター商品開発室長で、「Kobe INK物語」の開発者である竹内直行さんは、「万年筆にカラーインクを入れて楽しむきっかけをつくったのは、自分の制作したKobe INK物語のインクだったのでは」と答えます。
-インク沼、という言葉はいつごろから
竹内さん「2012年ごろから、若い女性同士が『あなたもインク沼にはまったの?』と会話するのを聞くようになりました。当時、万年筆が売れ出したんです。高級万年筆はもちろんですが、よりリーズナブルな『カクノ』などの万年筆を若い人が購入するようになりました。その際、最初は黒を求めても、次の一本は別の色を、それもできれば珍しい色を…となったんですね。2017年には文具専門誌に『インク沼』という文字が見られるようになりました」
「Kobe INK物語の一番最初の色・『六甲グリーン』が発売されたのが2007年。10年かけてじょじょに万年筆を好む層に「Kobe INK物語」が浸透し、それが『沼』の豊かな水源の一つとなったのかもしれません」
竹内さんは1978年ナガサワ文具入社の現在64歳。神戸愛と文具愛を自負する、すらりとした英国風の紳士です。そんな竹内さんが39歳の時に神戸大震災に見舞われます。震災の後片付けに追われた10年…気がつけば50歳手前に。「今できることは」と自問した時、様々な助けとなってくれた日本国中の人々に手書きの礼状を書こう、インクも神戸を想起させるオリジナルのものを、というひらめきを得たそう。これが「Kobe INK物語」誕生のきっかけに。
前述の記念すべき1色目「六甲グリーン」は、神戸市街地の背後にそびえる六甲の山々の緑を映した色。当時は万年筆のインクと言えば黒か、少し変わったところでもブルーしかなかった時代。神戸の様々な景色を独自の感性で捉え“物語を色に投影した”竹内さんのインクは珍しい存在でした。ファンが少しずつ増え、当初「三話」で終わるはずだっだINKの「物語」は気がつけば毎年新作を発表するようになったといいます。
-インク沼にハマる人は比較的若い人が多く、女性が90%以上を占めると聞きました。彼女たちはカラーインクに何を求めているのでしょうか
竹内さん「自分らしさ、だと思います。デジタルで文字を打つと基本的に黒一色で統一されてしまいますよね。だから自分自身の本当の思いは自分の好む、自分らしい色で、気に入った手帳にそっと記したい…そういう人がインク沼に惹かれる気がします」
-洋画を観ていると「find your own voice」という言葉を聞くことがあります。「自分自身の内なる声に耳を傾けよう、自分らしさを見つけよう」くらいの意味でしょうか。これがインク沼にハマる人にはとってはさしずめ「find your own color」ともいうべき思いが、原動力なっているということですね。
竹内さん「最近は数色のインクをブレンドして、全くのオリジナルインクを上手に作り出す人もいます。どれだけデジタル化が進んでも手書きの世界は残ると思いますし、そこで自分の手とペンとインクがあれば自分だけの世界を表現できる。若い人には特に、その感性の広がりを大切にしてもらいたいですね」
(まいどなニュース特約・山本 明)
◆ナガサワ文具センター「室長!竹内直行ブログ」https://kobe-nagasawa.co.jp/category/blog-takeuchi/