「免許返納」と言われても…地方の高齢ドライバー事情とは
平成から令和に元号が変わった今年、あおり運転と同様に高齢ドライバーの衝撃的な事故が相次いだ。ベテラン俳優が運転免許証を自主返納するなど「免許返納は善行」といった気運にある。しかし車を足代わりにしている山間部で暮らす高齢者たちにとって、免許返納は果たして現実的なのか?奈良県吉野郡で自動車修理工場を営む、山間部の高齢ドライバー事情に詳しい湯本鈑金株式会社の社長・湯本真也さん(48)に話を聞いた。
自動車技術の向上、法規制によるドライバーの自覚などにより交通事故は年々減少傾向にある。また高齢ドライバーの事故が突出して多いというデータもない。それでは、なぜ高齢ドライバー事故にスポットが当たるのか?おそらく、「お年寄りは家でおとなしくしているもの。運転事故なんて言語道断」そんな偏見もあるのだろう。しかし現在は人生百年時代、この発想は時代錯誤のような気もする。
湯本さんは3代目で、先代である父から受け継いだお客さんも多い。中には90歳を超えるドライバーや、足腰の衰えが目立つ高齢ドライバーのお客さんもいる。
「もちろん年齢と共に認知機能が衰えることは事実ですが、だからと言ってみんながみんなすぐに免許返納できるものでもありません。それぞれご家庭の事情もあると思います。車がないと生活できないご高齢のお客さんには、人生の大先輩として失礼のないように自宅とスーパー、自宅と病院など必要最小限の運転に留めてくださいとお伝えしています」
高齢ドライバーの免許返納に湯本さんは決して反対意見を持っている訳ではない。しかし車がライフライン的役割を果たす山間部では現実問題として、人によっては免許返納が自殺行為になる。そんなジレンマに陥っている高齢者も少なくない。
「交通網の発達している都市部や、いつでも送り迎えしてもらえる家族環境がすでにあるなら、『来月返納しよう』ということも可能ですが、例えば一人暮らしで、生きていくために運転を強いられている高齢者にとって、その代替をすぐには用意できません。環境を整えるのに何年もかかるかも知れません。経済的にまったく目途が立たない人もいるでしょう」
経済的余裕があれば自動ブレーキが付いた先進安全自動車(ASV)を今すぐ買える。タクシーも気軽に呼べる。サービスの整った介護施設にも入居できる。親思いの子どもがいれば、甘えればいい。しかし、そんな選択肢を持つ高齢ドライバーがどれくらいいるだろうか?
そこで免許返納するまでの応急処置として、現実的な対策を湯本さんに聞いた。
「今年は高齢者ドライバーの印象的な事故が相次ぎました。ブレーキとアクセルを踏み間違えたという加害者の決まり文句がありますが、その原因は加齢による認知機能の低下というより、パニックになったことで大事故に至ったと説明するのが妥当だと考えます」
いきなり大事故になる訳ではない。大事故の背景では、その前段階でちょっとした接触事故や、些細な操作ミスをしているケースが多い。今年4月に東池袋で起きた母娘死亡事故も、人をはねる前に縁石に衝突し、直後パニックになりブレーキとアクセルを踏み間違えて、あの悲惨な事故に至ったとメディアは伝えている。
パニックの対処法を身につけることで大事故のいくつかは防げると経験的に湯本さんは考える。
「免許の取得・更新時に事故を起こさないための指導は受けますが、事故を起こした際の対処法はほとんど教わらないと思います。大事故の背景には加害者がパニックになっているケースが多いので、パニックにならないための対処法や事故後の手順を学ぶ機会を設けたり、日頃から事故を起こした際のシミュレーションをしたりすることで大事故の要因であるパニックはある程度軽減できると思います」
山間部の高齢ドライバーにとって、車は食料や日用品、自分自身を運搬する道具に留まらない。車があることで人の集まる場所に出向き、人とコミュニケーションでき、自分が社会の一員であること、孤独でないことを認識できる。それに高齢者が運転をやめると要介護リスクが2倍になるというデータもある。地方の高齢ドライバーにとっての車は、都会のそれとは同じでない。これらを考慮した現実的かつ、高齢ドライバーに心優しい措置とは…課題は山積みだ。
(まいどなニュース特約・北村 守康)