伊藤詩織さん性的暴行訴訟 民事と刑事で異なる判決「真実は一つ」だが”…弁護士が解説

 フリージャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者の山口敬之さんから性的暴行を受けたと訴えた民事の損害賠償請求訴訟。東京地方裁判所は性行為には「合意がなかった」と判断し、山口氏に慰謝料など330万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。海外でもトップニュースとして報じられましたが、もともと、この事件が世間の耳目を集めたのは先行した刑事事件の処理がイレギュラーなものだったからでしょう。

 「被害者」としては刑罰法規の適用を求め、被害届の提出や告訴を行うのは当然。噂によれば捜査は行われ、逮捕状の請求まで行われていたのに、その段階で「加害者」(民事訴訟の「被告」)が権力の中枢と親しいという関係で、捜査機関の現場に圧力がかかり、刑事処分としては嫌疑不十分のため不起訴に終わった、とのことです。

 ドラマ「相棒」の筋立てのようですが、こういうややこしい経緯は別にして、犯罪被害に遭った被害者が警察や検察に満足できる対応をしてもらえなかった場合に、白黒付ける方法として民事訴訟を起こすことは、日常的ともいえます。

■「99.9%」の呪縛と訴訟のイニシアチブ

 まず、刑事訴訟は加害者に刑罰を科す手続きで、裁判を起こすこと(起訴)ができるのは検察官という国家公務員だけ。一方、民事訴訟の場合はいくつかパターンがあり得ますが、損害賠償であれば、被害者本人が裁判を起こすことができて、弁護士は、あくまでも本人から依頼を受けた代理人という立場です。弁護士を付けないで裁判をする当事者の方も珍しくありません。

 刑事訴訟であれば、警察や検察が証拠を集め、裁判も進めてくれるのですが、民事だと本人がこれを自分でやらないといけません。負担はありますが、その分、やるかやらないかを自分で決められるというメリットもあります。

 特に検察って「有罪率99.9%」(大部分が自白のある事件なのだから、この数字、本当は意味がない)という妙なお題目に毒されたお役所なので、被告人の自白のない否認事件で、殺人を含むようないわゆる凶悪事件に該当しないものには消極的になりがちです。

 これは刑事訴訟の構造から仕方のないところでもあって、犯罪を構成する事実全部を検察官が立証するという建前になっています。この伊藤さん事件の場合のように「同意のない性行為」が犯罪を構成するとしたら「同意がなかったこと」を立証しないといけなくなるのです。しかし「〇〇がない」ということの証明って実は難しく、講学上の概念では”悪魔の証明”と呼んだりします。

 民事訴訟の場合は、請求の構成によって、立証責任の負担が変わって来て、できる限り、悪魔の証明は避けるようにその負担を合理的に振り替えたりするのです。原則としては請求する原告の方が同意ないことの立証責任を負いますが、アルコールの介在や立場、地位の利用など、疑わしい要素があれば、被告側に同意があったことの立証責任を負わせる=同意の証明ができない限り、同意がないと扱います。

 というような立証責任の違いがあって、検察は証明が難しいと考えて不起訴にしたものの、原告本人としては、許せないという気持ちが強く、最終的に民事訴訟でも闘うという判断に至ったのかもしれません。

■白と黒の間にあるもの

 それから検察の判断と裁判所の判断が異なったという点について。この場合、検察の嫌疑不十分はシロという判断ではなく、シロ旗を上げたに過ぎないのです。おそらく、グレーという印象ではあったのでしょうが、この証拠で裁判所にクロという印象付けをできるか、という問題で自信が持てずあきらめざるを得なかったのではないでしょうか。ここにも、民事訴訟と、刑事訴訟の違いがあります。

 あくまでも建前ではありますが、刑事の場合は証拠によって「同意がなかった」という事実について、はっきりクロとの心証に達しないとクロの結論を出せない、ということになっています。

 他方、民事の場合は、両方向の証拠があれば、どちらが信用できるか、例えば「同意なし」51%vs「同意あり」49%の心証でもクロにできる。これだと刑事だったら、クロに達しない可能性あるわけです。

 こう見てくると結局、グレーの部分が大きく、そのグラデーションの濃淡にもよりますが、グレーの部分をどう扱うのかが刑事と民事で大きく異なるため、事実が食い違っているように見えるということになります。

 人気アニメ「名探偵コナン」に「真実はいつも一つ」という決めぜりふがあります。否定はしませんが、民事・刑事の訴訟で追求される真実は、あくまでも訴訟法上の真実であって絶対的真実ではない、ということです。紛争、事件の解決に必要な範囲で、それなりのものでやむを得ないようです。絶対的真実の追求はコンナンというわけです。

(弁護士、作家・法坂 一広)

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