給食の余ったパン・牛乳…持ち帰った教員は、どうして処分を受けたのか 疑問を堺市教委にぶつけてみた

昨年末、大阪府堺市立の定時制高校で、生徒に支給された後余った給食パンと牛乳を持ち帰ったとして、男性教員が懲戒処分を受けたのち依願退職した。これが報道されると、食品ロスの問題と絡めて賛否両論が入り混じる騒ぎになったが、問題の本質はどこにあったのだろうか。

■匿名の告発から始まった

2019年6月、堺市教育委員会に1通の封書が届いた。

「市立の定時制高校で、給食で余ったパンと牛乳を、男性教員が相当数持ち帰っている」

これを受けて堺市教委は、事実関係を確かめるための調査を開始。名指しされた男性教員(62)が2015年から、給食に出されて余ったパンと牛乳を自宅へ持ち帰っていたことを認めたため、減給3か月(10分の1)の懲戒処分が下された。そして男性教員は、同日付で依願退職した。尚、4年の間に持ち帰ったパンは1002個、紙パック牛乳は4178本(いずれも本人による申告)で、本人の申し出により代金約31万円は返還された。

以上の事実が同年12月25日に記者発表された。これについてある芸能人がSNSに「悪いことなのかな?」と書きこんだところ、堺市教委の対応に関して賛否両論が入り混じる騒ぎとなった。

批判する側は「捨てるくらいなら持って帰ってもいいじゃないか。もったいない」といい、賛同する側は「ルールを破り、勝手に持ち帰るのはダメ」という意見が、それぞれ大勢を占めているように見受けられる。

堺市教育委員会事務局教職員人事課課長補佐の志波(しわ)政宏さんによると、中には堺市教委の対応に賛同する意見もあったというが、そういう人がわざわざ電話をかけてまで「市教委の対応に賛同します」と言ってくるケースは少ないだろう。あるいは、感情に任せて電話をかけてくる人もいた。職員が電話に出ると、一言「アホッ!」と怒鳴っただけで電話を切る人もいたという。賛否の比率をみると、どうしても批判的な意見が目立ってしまうようだ。

■「持ち帰り禁止」は市のルールとして毎年通知されていた

批判の大半は「どうせ捨てるものだったら、持って帰って何が悪い? 捨ててしまうのは、もったいないじゃないか」という内容だった。だが堺市では、余った給食の持ち帰りを禁止している。

堺市教育委員会事務局保健給食課課長補佐の寺田健一さんによると、余った給食の持ち帰りを認めない理由は、学校給食法第9条に根拠があるという。

同法に「学校給食の実施に必要な施設及び設備の整備及び管理、調理の過程における衛生管理その他の学校給食の適切な衛生管理を図るうえで必要な事項について維持されることが望ましい基準(以下この条において「学校給食衛生管理基準」という。)を定める」とあり、さらに同法に基づいて文科省が設けた学校給食衛生管理基準に「パン等残食の児童生徒の持ち帰りは、衛生上の見地から、禁止することが望ましい」「パン、牛乳、おかず等の残品は、全てその日のうちに処分し、翌日に繰り越して使用しないこと」と明記されている。堺市教委ではこれらのことを毎年、市立高校へ通知してルールを順守するよう徹底を図っていた。

本件で問題となった給食は「夜間課程を置く高等学校における学校給食に関する法律」に基づいて、堺市が公費で全額負担している。支給対象は生徒に限られ、校内の決められた場所で配食される。件(くだん)の定時制高校では、食堂や空き教室で配食されていた。給食指導担当の職員が立ち会ってその場で喫食することになっており、持ち帰りはもちろん室外への持ち出しも禁止されている。処分された男性教員は、2015年に給食指導の担当になった当初から、余った給食の廃棄作業を行う用務員に、余ったパンと牛乳の保管を依頼して持ち帰っていたという。

■「もったいない」といいながら、食べきれなかったら捨てていた

前述したように、堺市教委保健給食課では、文科省が定める基準に基づいて「給食は教員に支給されるものではないこと」と「余っても、持ち帰りは認めないこと」を、学校に対して毎年指導していた。

市教委の聞き取りに対して男性教員は、持ち帰った理由を「廃棄してしまうことがもったいなかった」と話している。一方で、本人の申告による数字だが、多いときで牛乳を1日に16本、パン5~6個を持ち帰っている。それを自分や家族で消費し、余ったら捨てたとも話している。

「捨てるのがもったいないから持ち帰った」という一方で、持ち帰っても食べきれなかったら捨てたというのは話が矛盾している。

もうひとつ、堺市教委が問題視したことは、公費で購入されたパンと牛乳を持ち帰って自己消費したということは、公物を私物化したことになる。男性教員は給食の発注を担う立場ではなかったが、毎日余り気味であることを認識していたのであれば、発注数を調整したり余ったものを他へ有効利用したりするなど意見を言えたのに、それがなされていなかった。

余った給食を用務員から受け取る際も、男性教員は人目を避け、校内の別の場所でこっそり行っていた。

さらに、2016年10月に兵庫県たつの市の特別支援学校で、44歳の女性教諭が給食のパンと牛乳を自宅に持ち帰って停職1か月の懲戒処分を受けたことが報道されたとき、持ち帰りを一時期やめていたことがあるという。わざわざ人目を避けたり、他の自治体で問題になったときに持ち帰りを控えたという。つまり、男性教員は、給食の持ち帰りがルール違反であることを自覚していたのではないだろうか。

■「持ち帰り」と「食品ロス」は別の話

堺市教委の下した処分に対して批判的な意見には、「ルール違反」と「食品ロス」という本来は異なる話が一括りにとらえられている様子が伺える。余った給食を廃棄するのはもったいない。そう、確かにもったいない。だからといって公費で調達された給食を、無断で持ち帰って良いという話にはならないはず。

この事案が報道発表された昨年12月25日は、他に2件の懲戒免職事案があって、どちらかというとそっちが話の中心になっていたという。記者とのやり取りの中で「こんなこともありました」ということで給食を持ち帰っていた教師に懲戒処分が下された話が出たが、そのときはさほど深い話にならなかった。冒頭にも触れたように、ある芸能人のつぶやきが広がって「余った給食パンを持ち帰った教師が処分を受けた」という部分だけが取り上げられて、結果的に食品ロスの問題とリンクされて火が付いた格好になったのである。

■男性教員の行為の何が処分対象になったのか

それでは男性教員は、どのような理由で減給3か月(10分の1)という懲戒処分を受けるに至ったのか、志波政宏さん(前出)に説明していただいた。

この男性教員は62歳。60歳で定年を迎えた後、65歳まで1年ごとに更新される再任用制度で任用されていた。

教員の懲戒処分を決めるにあたっては、外部の有識者を入れた審査会を設けている。そこでも様々な意見が出たという。

ひとつは、(リーガルチェックを経たうえで)「窃盗に当たるのではないか」という意見。余った給食は、分別・集積業務を委託された業者の従業員である用務員へ引き渡される。ゆくゆくはゴミ収集業者が回収のうえ廃棄されるけれども、学校の敷地内に保管されている間は学校長の管理下にある。そして用務員に引き渡された後でも、廃棄が完了するまでは学校長の管理下にあるとみなされ、所有権が空白になる期間は生じない。つまり所有権があるにもかかわらず勝手に持ち去った行為は窃盗に当たるだろうという見解だ。では「給食のパンを盗まれました」「牛乳を盗まれました」と警察へ届け出ても、廃棄される予定だから捜査の対象にならないのではないかという考え方もあって、ならば「占有離脱物横領」に当たるのではないかとの意見も出た。しかし学校の施設内で起こったことなので、それにも該当しない。ならば、やはり窃盗であり、公物の窃取は懲戒免職に相当するわけだが、そこまで杓子定規に断罪する感覚はおかしいという議論もあった。

この男性教員がそもそも何をやったのかといえば、以前から再三指導されていたルールを守っていなかった。「やってはいけないことをやった」という前提は絶対に崩れない。しかし「廃棄されるのがもったいなかった」という心情は分からなくはない。本人や家族で消費したといっているから衛生上の問題はともかく、教員としてルールの大切さを生徒に教える立場にあること、しかも給食指導担当という責任ある立場を軽んじたことを勘案して、減給3か月(10分の1)の処分となった。

一方、男性教員に協力した用務員はどうなっただろうか。

用務員は委託業者の従業員なので、教育委員会の監督下にない。「給食の衛生管理のうえで不適切な行為であったとして、雇用主から注意を受けたと聞いています」(志波氏)。そして今も勤務を続けているという。

■給食はどうしても余る。今後の取り組みは?

学校給食だから、生徒の人数分だけ発注すれば余らないはずだが、そう単純な話ではないらしい。定時制高校の特性として、生徒は昼間働いた後登校してくる。ときに仕事の都合で欠席したり、いつのまにか登校してこなかったりする生徒もいる。過去には、発注数を抑えたために足りなくなって、教員が近くのコンビニまでパンを買いに走ったこともあったという。だから「足りないよりマシ」と、数量に余裕をもって発注されていた。その一方で、給食が多く余らないようにする努力は、以前からなされていた。昨年6月に匿名の告発を受けてからは、給食の発注が以前にもまして厳正に行われるようになり、ロスは確実に減っているという。

前もって生徒から喫食確認させればどうかという案が出たこともあったが、生徒が代金を自己負担するわけではないので、キャンセルしても損をしない気楽さがある。

結局、給食の余りをゼロにすることが難しい以上、いかに無駄のない処理をするかが今後の課題だ。有効な再利用方法については、様々な角度から検討されている最中である。

(まいどなニュース特約・平藤 清刀)

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