ゆりやんレトリィバァ誕生の陰に「父の脱サラ」 7年続いた送迎中の「父と娘のやりとり」

吉田代表と作品サンプル。写真を撮られるのが苦手でカメラを向けられると、どんな表情をすればいいのか分からず、いつも仏頂面になってしまう
吉田家の家族写真。1996年ごろ。後列左から、吉田代表、妻・晃子さん。前列左から長女・有希さん、次女・有里(ゆりやん)
2枚

 自ら商売をしていて、もし家族に著名人がいたなら、宣伝に使わない手はない。実際にそうやっている著名人の家族は少なくないと容易に想像がつく。

 1歩半先をゆくシュールで即興性の高い芸風で、今やその知名度・注目度は日本国内に留まらないお笑い芸人「ゆりやんレトリィバァ」。実は彼女の実家も自営業だ。昨年は米国の人気オーディション番組「アメリカズ・ゴット・タレント(America's Got Talent)」に、角刈り頭に星条旗をデザインした露出度の多い水着でパフォーマンスを披露し、世界にその存在を印象づけた。今年は年明けから自らの意思で、演劇修業のため単身ロサンゼルスへ渡った。何か大それたことをやってくれそうな予感がする。

 奈良吉野でエッチング工房を営む、ゆりやんの父親もそんな娘の知名度を最大限に利用しているに違いないと、工房のHPにアクセスしてみたが、ゆりやんの「ゆ」の字もない。工房の顔、代表者である父親の写真は後ろ斜め45度。控えめ過ぎて、逆にゆりやんばりのシュールなギャグかと思ってしまう。その真相を究明すべく吉野町国栖(くず)地区にある工房を訪ねた。

 エッチング幸房ソレイユの代表、吉田昌行さん(67)は、正真正銘のゆりやんレトリィバァの父親。幸せが宿る作品づくりの場になればと工房を「幸房」と表記。ソレイユはフランス語で太陽のこと。ワイルドな見た目とは裏腹に、その名付け方が物語るように、やさしく穏やかな雰囲気の方で、ゆりやんの芸風からは程遠いイメージだ。

 吉田代表は、高校卒業後、大手鉄道会社へ就職。2005年、周囲の反対を押し切って30年以上勤めた鉄道会社を辞め、エッチング工房を開く。ゆりやんが中学3年生の初秋だった。

 「次の仕事の経営計画を練って満を持しての賢い脱サラではありません。その頃、会社での仕事のモチベーションが下がり気味で、このままでは会社に迷惑をかけてしまうと思い、一念発起して子どもの頃から好きだったものづくりで事業をおこして家族を養うと決意しました。もちろん経営のことなど分かりません。不安はもちろんありましたが、好きなことを仕事にできる喜びのほうが大きかったです」

 この時は筆者も気づいていなかったが、後日取材で得た情報を整理していた際に、吉田代表の脱サラの選択こそが、お笑い芸人「ゆりやんレトリィバァ」を誕生させたのだと確信した。

 会社勤めをしていた頃の帰宅は、いつも午後9時ごろ。食事しているところへパジャマ姿の2人の娘がやって来て、その日一日の出来事を話してくれるのが日課になっていた。この頃からゆりやんは将来お笑い芸人になると家族に話していた。よくある思春期の娘の父親離れはなかったという。

 自宅のある国栖地区は、最寄り駅まで約12km、車で約20分かかる。脱サラして自営業になったことで時間に融通がきくようになり、高校と大学の計7年間、家から駅までゆりやんの送り迎えをすることになる。お笑い芸人になりたい娘、普通に就職してほしい父親の話し合いが車中で何度も何度も繰り返された。

 「高校生のうちは、子どもがよくする妄想くらいに考え『好きなようにしたらええやん』と言っていましたが、大学生になると言葉の端々から本気度が垣間見られ、そうは言ってられなくなりました。もちろん反対しましたが、諭して聞く娘ではありません。それに私自身、周囲の反対を押し切って好きなことをしている身なので説得力に欠けます(笑)」

 大学の単位を3年生ですべて取得したこと、NSC(吉本興業のタレント養成所)の入学金を密かにアルバイトで貯金していたことなどから芸人になるという確固たる決意が伝わり、大学4年生からNSCに通うことを許可する。その間も吉田代表の送り迎えは続く。娘はNSCを首席で卒業すると同時にレギュラー番組を持ち、その後の活躍は誰もが知るところ。

 「(体の)露出度の多いあの(星条旗の)水着(姿)はカンベンしてほしいですが、普段あの姿で街中を歩く訳でもないし、プロの仕事としてやっている以上しゃーない(仕方ない)と思っています」と娘のプロフェッショナルを誰よりも理解している。

 最後にHPに掲載している代表者写真の真相について尋ねた。

 「商売のことを考えたら有里(ゆりやん)のことに言及するのもいいかも知れませんが、自身の職人としての技術力と経営者としての営業力で工房をより繁盛させたいんです。それに有里のことを自ら公言するのは性に合いません。写真は正面から撮られるのが苦手で、あの写真に落ち着きました」と娘とは違い恥ずかしがり屋の一面があるものの、真摯に仕事と向き合うところは親子でよく似ている。

 吉田代表は最近、レーザー加工機、UVプリンターなど設備投資をした。減価償却するのに10年かかるという。ゆりやんの活躍は、ものづくり職人のとして大いに自身の励みになっていることだろう。脱サラすることで得た行き帰り40分、計7年間の車中での娘とのやり取りが、芸人・ゆりやんレトリィバァの快進撃に大きく影響していることは間違いない。

(まいどなニュース特約・北村 守康)

▼エッチング幸房ソレイユ公式HP http://www.so-leil.com

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