「恐竜」が散歩、トイレットペーパーでリフティング…新型コロナ禍スペインの笑えない現実
新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大が欧州を揺るがしている。スペインでは国内感染者が1万人を超え、政府は非常事態を宣言。人の移動を制限するなどの措置をとっている。スペインに在住するデイリースポーツ通信員・島田徹氏が現地の生々しい状況をつづった。
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2020年はまだ4分の1も終わっていないが、スペインに流行語大賞があるとすれば今年の有力候補は「クアレンテーナ」になるだろう。本来「40番目の」という意味の単語。それに加えて主に13、14世紀に伝染病対策で船を40日間停泊させていたことから「検疫期間」の意味もあり、それから派生した「孤立・隔離策」の意味として現在頻繁に使われている。ちなみに予防的なものを含む隔離策の場合、必ずしも40日間を意味するものではない。
3月14日、スペイン政府は非常事態宣言を発令。住民は必要不可欠な用事を除き外出が制限されている。例外は、(1)生活必需品や薬品の購入(2)通院(3)職業的理由(4)年少者、年長者、身体障害者の付き添い、で大半の人は自宅から外出ができない状況。コーヒーからアルコールまで扱っている市民の憩いの場であるバルのほかレストラン、デパートなども閉店措置が取られ、多くの会社・職場でも自宅勤務に切り替えられる中、国内各地がそれまでの風景とは全く違った光景に。いつもなら観光客や買い物客でごった返しているマドリードのソル広場でもゴーストタウン化している。
もっとも非常事態宣言が出た14日時点で、一般レベルでその意味がどれくらい理解されていたかという点は疑問が残る。外出禁止も予想される中、スーパーでは買い占めにより保存食品やトイレットペーパーなど一部商品が品切れになる一方、仕事や学校が休みになる程度の認識の人がかなりの数に及び、公園は親子でごった返して警察が帰宅を呼びかけるという光景も見られた。散歩やジョギングでも外出は許されず、何度かの忠告のあと、場合によっては最高60万ユーロ(約7200万円)の罰金が課されると市民が知るのは非常事態宣言が出された数日後となる週明けのことだった。
自宅で缶詰状態に入っても、多くの人がどう時間を過ごすかに頭を悩ませている。読書やドラマ鑑賞など従来型の方法から、インターネットを使ってのソーシャルサイトでの交流、ヨガや子供を対象とした絵本の読み聞かせのウェブ配信など、様々な取り組みが行われてはいる。サッカー選手の間では、トイレットペーパーをサッカーボールの替わりにリフティングする動画を公開することがちょっとした“ブーム”になった。また、アパートのお隣さんがマンションの窓(2階以上)から顔を出し、パデルでラリーを展開するというおふざけ動画も話題を呼んでいる。
しかし、家から出られない閉塞感を取り払うというのは別次元のもので、日々ストレスが高まっているのは間違いない。17日には犬のぬいぐるみを連れて散歩をしていた男性が警察に厳重注意を受けるという『事件』が起きた。これは非常事態宣言中でも、犬の散歩による外出は許されているためだ。例外条件が明らかになった時点で仲間内での“冗談”で語られたことが、現実になってしまった。
また同日、スペイン南東部ムルシアではお手製?の恐竜の着ぐるみを着て街中を歩いていた人物が確認されている。地元警察は「ペットの散歩は許されているが、ティラノザウルスのコスチュームを持っている人はその対象外」とジョークで対応している。
ただ、状況は笑い事で済ますことはできない。スペインの感染者数は欧州でイタリアに次いで2位。中国やアジア各国の伸びが鈍化する一方、欧州各地での被害者の数は右肩上がりに増大している。このままでは病院で対応できるベット数や医師ら医療従事者の数を上回ることが考えられ、深刻な状況に陥ることが懸念される。
ペドロ・サンチェス、スペイン首相の夫人や複数の大臣、カタルーニャ自治州首相や主要な政治家、サッカー界でもバレンシアやエスパニョールなどから複数の感染者が出ている。このままの状態が続けば経済的な悪影響が大きくなることは想像に難くない。しかし、現時点では直接的な健康被害をいかに食い止めるかが先決で、先のところまでは手が回らないだろう。
こうして、当初予定されていた「少なくとも2週間」の自宅待機期間は、本来のクアレンテーナの意味、40に近づくのではとの見方がある。目の前にある身の危険とじっと待つしかない無力感、また先行きの不透明感の中で我慢を強いられる日々はしばらく続きそうだ。