コロナ禍のデンマークで受けたアジア人差別…毅然と撃退したピアニストが証言 マスク着用NGにも抵抗
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が続く。デンマークに拠点のある日本人ピアニストの牧村英里子さんは当サイトの取材に対し、欧米などでアジア系の人たちへの偏見に基づく理不尽な行動がコロナ禍とリンクして急増する中、自ら体験した状況を生々しくつづった。また、マスク着用が現地ではアジア人の象徴的な姿として「差別を助長する」という見方がされていることも明かした。
牧村さんは自身を描いたドキュメンタリー映画「BEING ERIKO」が出品されたコペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭に向けて2月21日に現地入り。「現地の友人たちから日本のコロナ感染拡大について何度も聞かれた。この時点でデンマークでは罹患者が出ていないので、まだ人ごとの感あり」という状況だったが、27日に初の国内感染者が発表されて状況は一転した。
昨年6月に41歳で同国史上最年少、2人目の女性宰相となったメッテ・フレデリクセン首相による3月13日の国境封鎖宣言まで一気に国策が決定された。牧村さんは2月末の帰国予定を見送り、3月下旬の映画祭に向けて打ち合わせや取材対応を続ける中、同3日に届いた日本大使館のメールには「欧州では、新型コロナウイルスに関連して、アジア人をからかったり差別したりする事案が散見されています」「邦人に対してバスへの乗車拒否などの差別行為が起きています」と記されていた。その警告は4日後に現実となった。
「3月7日。地下鉄の昇降口で6人組の若者から暴言を吐かれる。『オエッ、gook(アジア系に対する酷い侮蔑的な用語)!お前が俺たちの国にコロナを持ち込みやがって!』。長年海外に住んだ私は、普段この程度の無知の輩は相手にしないが、この連中を放っておくと他のアジア人にも同様の差別を繰り返すだろうと思い、瞬時に行動。まず、上記の発言をした男性を狂気の眼と微笑みで威嚇し、ついで鍛え抜いたピアニストの手で彼の顔を触り、首を絞めるジェスチャーを見せた。6人組はこれで真っ青になり、ごめんなさいを繰り返しながら逃げていった。この一件は数日後、デンマーク国営放送のニュースサイトで取り上げられ、人権意識の高い多くの国民から大きな関心が寄せられた」
さらに、日本人として意識のギャップを感じることが続いた。9日の大使館からのメールに「デンマークでは首相がマスクを推奨しないと公言しており,公共の場でマスクを着用することは差別を助長するおそれがありますので,ご注意ください」とあったが、「私は堂々と着用。風邪にも罹(かか)りたくないし、マスク着用ごときで差別を仕掛けてくるなら(その人は)もう終わり」と吐露した。
11日に「感染者が514人」とする首相声明の中で「100人以上のイベントや集会の中止」が出された数時間後、映画祭は「デジタル開催」に移行。感染者が804人となった13日に4月13日までの国境封鎖宣言が発表。欠航の不安も募ったが、18日に空席の目立つ成田行きの便に乗れた。27日、デジタル開催の映画祭で「ノルディックドキュメンタリー賞」を受賞した。
帰国後、神戸で自宅待機を続ける牧村さんに現地情報が届く。4月6日に「大型行事は8月末まで禁止」と発表され、「皆がこよなく愛するロスキレフェスティバルも中止で、演奏側も観客もガックリと落ち込んでいます」という。
同フェスは、デンマーク・シェラン島北部の街・ロスキレで、例年6月末から1週間にわたって開催。過去にボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、プリンス、フー、U2、オアシス、ビョークなどそうそうたる顔ぶれが出演してきた。1971年開始の北欧最大にして欧州5大フェスに数えられる老舗イベントの中止に、牧村さんは「やるとなったら徹底的にやる社会なのですね」と実感を込めた。
11日には現地の友人から「国境封鎖により他国からの季節労働者が入国不可能なため、農家での収穫の人手不足が深刻化。アーティスト仲間も開店休業状態のため、収穫作業の仕事に就こうかと検討している」とのメールがあった。刻々と状況が変化するデンマーク。それは対岸の出来事ではない。
(まいどなニュース/デイリースポーツ・北村 泰介)