劇場版アニメ「AKIRA」鉄雄役の声優 東大法学部に決意から1年半で一発合格、53歳で卒業
テレビアニメ「幽☆遊☆白書」の浦飯幽助役や劇場版アニメ「AKIRA」の鉄雄などで知られる声優の佐々木望(53)が、今春、東京大学法学部を卒業した。佐々木は一般入試で2013年に東京大学文科一類に合格。休学などを挟み、7年間かけ卒業し、大きな話題を呼んでいる。
受験のきっかけは、20年ほど前に声帯を痛めたことだった。発声のトレーニングで、海外の文献を読むために本格的に英語の勉強を開始。それまでも英語は好きで、ペーパーバックを読んだりしていた。だが「凝り性なタイプなので」と勉強を続け、英検1級、全国通訳案内士の資格も取った。
これで勉強に目覚めた佐々木は、大学で専門的に英語を学ぶことを決意。「20歳位で声優の世界に入ったので、知らないことが多すぎる。だからいろいろなことを知りたくなって」と語る。仕事の関係上、東京を離れることはできなかったため、関東圏にある国立大学で英語を学ぼうと考えた。
だがセンター試験を受けるためには、英語以外にも様々な科目を勉強する必要があった。そこで「大学も英語に限定せず、『東京にある国立』と考えて、東大法学部を目指したんです」と方針転換を語った。
もともと数学は好きで、受験を決意する以前から、趣味で大学入試問題を解いていた。「といっても、数学が得意なわけではないのでなかなか得点には結びつきませんでした。英語はまあ大丈夫だとは思っていたんですけど、歴史地理は学生時代もまったく勉強していなかったので、ほぼイチから始めないといけなくて」と苦笑い。だが「いつまでに合格しなければいけないという期限はなかったので、マイペースでやっていこうと」と仕事の合間に勉強を続けた。
「やると決めたら、性分的にコツコツと。必死というより楽しみながらやりました」と性格的に勉強に向いていたことを明かす。その結果、なんと決意から1年半、わずか1回の受験で合格した。
それまで受験のことは極々親しい人以外には黙ってやってきた。晴れて合格したが「大学はプライベート」と、やはりわずかな人への報告だけにとどめた。そして「声優と大学の両立じゃなくて、あくまで仕事優先」とのスタンスは崩さなかった。
同級生は30歳ほど年下で、佐々木の子供といってもよい年代。「でも年の差はあまり感じなかった。東大だからなのか、今の人たちだからなのか、賢いんです。私の方がむしろ刺激を受けました」と朗らかな笑みがこぼれた。
大学では「普通の学生でいたい」と、自分の職業を名乗らなかった。だが佐々木のアニメを見て育ったり、ゲーム好きな学生は“声優・佐々木望”に気付き、こっそり話しかけ確認してきた人もいた。それでも「私の公式プロフィールに東大在学とは書いていなかったので、気持ちを察してくれ、誰一人SNSにアップせず、プライベートを守ってくれた」と感謝する。
現在、同級生は法曹界や金融、メディアと様々な分野で活躍する。「いまも時々会って話をするんですが、面白いですね」と刺激を受け続けているという。
大学時代は「仕事の合間に大学。朝授業を受けて、仕事に行き、仕事帰りに授業を受けて、夜は課題」という日々だった。「同級生とは年の差は感じなかったけど、体力の差は感じました(笑)。学校、仕事場、学校と往復するのは体力的なしんどさはありました」と楽しそうに振り返る。
仕事と大学以外に、他に何もする時間はなかったが、「勉強するのが楽しかった。だけど仕事が詰まって、大学に行く合間もない時は、仕事優先なので、思い切って休学しました」という。「急いで卒業する必要もなく、ゆっくりじっくり勉強しました。だから我慢や苦労した感覚はない。楽しみながら貴重な時間を過ごさせてもらった」と懐かしむ。
卒業式では成績優秀者としても表彰された。アカデミックマントを羽織り、卒業するときは「本当に感慨深かった」という。「達成感もあったけど、じんわりとした寂しい気分もありました」。この7年間で「ニュースの見方、本の読み方、文章の組み立て方、会話の咀嚼の仕方…自分の中での変化が大きい」と明かす。
佐々木はこれまで大学は「あくまでもプライベートな領域」と明かさなかった。だが卒業を機に発表したのは、「40歳を過ぎて東京大学を受験だなんて、荒唐無稽な話に思えるかもしれない。でも、もしかしたらこの経験が誰かのお役に立てることがあるかもしれない。私の経験はあくまでひとつのサンプルに過ぎないけれど、『へえ、こんな人もいるんだ』と面白がってくれる方がいれば」という思いからだった。
今後は「この経験が声優としての表現活動に生かせれば」という。さらにこの経験をもとに講演会や本にまとめるといったことも「機会があれば」と意欲を見せる。現在、「佐々木望の東大Days」を発信し、声優ファンだけではなく、同年代からも「励みになった」という声も多く寄せられている。「資格取得のための勉強もそうですし、私の今回の体験を知り『モチベーションになる』というお声は、私自身も誰かの何かの役に立ったんだとうれしいですね」。
さらに「これまで声優、大学生という2つの自分が存在していましたが、さらにこれから先は声優の活動と大学で学んだ経験が自分の中で融合していくような感覚がある。それがどういう形かはわからないけれど。これからも声の表現を磨きつつ、学ぶことは続けていきたいです」と自身の新たな可能性を楽しみにしている。
(まいどなニュース/デイリースポーツ・石川 美佳)