毎年、誕生日に祝福メールをくれた故・佐々部清監督 女優デビューした文音が偲ぶ人柄
デビュー作にはすべてが詰まっている。7月31日公開の『いけいけ!バカオンナ~我が道を行け~』に主演する女優の文音(32)のデビュー作は、18歳で主演した映画『三本木農業高校、馬術部~盲目の馬と少女の実話~』(2008)。監督は『半落ち』『ツレがうつになりまして。』で知られる佐々部清(62)。残念ながら今年3月31日に急逝した。
文音は、盲目の馬と心を通わせていく馬術部員・菊池香苗を演じた。「撮影が始まる10カ月前から乗馬練習を始めて、実際の馬術部員のように一連の作業を合宿のような形でやりました。それは芝居のノウハウもわからない私のために佐々部監督が用意してくれた役になるためのレール。時間をかけて大切に作った作品で、自分の財産のようなデビュー作です」と思い入れは強い。
役者としてはもちろんのこと、一人の人間としての立ち振る舞いも教えてくれた。「映画はたくさんのスタッフの方がいて、役者もその中の一部です。家族のようにみんながいて、みんなで一つの作品を成立させる。佐々部監督から最初に言われたのは“スタッフが100人いたら全員の名前を憶えろ”ということ。演技だけではなく、支えてくれる周囲の人を大切にするのがいい役者の条件だと教わりました」と学校のようでもあった。
文音はこの作品で、第32回日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞。佐々部監督とはその後も交流は続き、テレビドラマ『痕跡や』(2012)、映画『八重子のハミング』(2016)にも出演した。最後の連絡があったのは、今年3月17日の文音の誕生日。
「いつも私の誕生日にメールをくれて、今年は“これからも宜しくな”と書かれていました。亡くなったのはその2週間後です。新型コロナウイルスの影響でも改めて思いましたが、会えることは当たり前ではありません。大切な人と会う時は、これが最後という気持ちで会わなければいけない。そんなことを考えさせられました」と涙を流す。
唯一の救いは、佐々部監督が作り上げた数々の作品が残っていること。「佐々部監督はたくさんの名作を残しているので、いつでも会おうと思えば会える気がする。亡くなったのは悲しいけれど、心の中では生きている。映像の中に佐々部監督の影が見えるんです」と記憶としても記録としても残る映画ならではの奇跡が心を癒す。
デビュー作は、ふとしたときに手に取るフォトアルバムのようなものだ。「初心に戻るという意味で観返すことがあります。観ると佐々部監督の声が聞こえてくる気がするし、元気をもらってもう一度立ち上がることができる。佐々部監督は私に沢山のものを残してくれました」。
昨年から主演映画が立て続けに公開されている。7月31日公開の主演映画『いけいけ!バカオンナ~我が道を行け~』では、自身初のコメディに挑戦した。
「これからどんな時代になっていくのか、どんな作品が生まれるのかはわからないけれど、今回の作品を通して笑いを届けるっていいなと思いました。笑うと免疫も高まるし、みんなが明るい気持ちになるのは表現者として嬉しい」とモチベーションも高まり「まだまだ可能性はあると思うので、これからも変わらず挑戦し続けたい。貪欲に。それがなくなったら終わりですから」。佐々部監督に育てられたという自負を原動力に。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)