京大の型破りな「自由」を徹底解剖!「京大的文化事典」著者が語る自由、自治、そして世界
京都大学--。
全国から優秀な学生が集まる名門であると同時に、入試の季節に登場する謎の「折田先生像」や百万遍交差点を賑々しく彩る立て看板(タテカン)、日本最古の学生自治寮である吉田寮など、一風変わった空間や風習が根づいていることでも知られる。だが国立大学法人化と前後して、京大からその「自由の学風」が失われつつあると危惧する声も少なくない。京大の自由は、どこへ向かうのか。京大的文化を象徴するトピックを紹介しながら、それらを生み出してきた自由の土壌を問い直す「京大的文化事典 自由とカオスの生態系」(フィルムアート社)を上梓した京都在住のライター、杉本恭子さんに話を聞いた。
そもそも、京大を京大たらしめている自由、そして自治の神髄とは何だろう。1990年代に近くの同志社大学で学生生活を送り、京大の吉田寮や西部講堂によく遊びに行っていたという杉本さんは、京大がある百万遍の交差点まで来るといつも「胸の奥まで空気を吸い込みたくなるような解放感」を感じたという。が、その解放感をもたらす「何か」の正体を言語化するのは難しく、正直、少し野暮でもある。本書は、杉本さんが七転八倒しながらその難題に挑んだ文句なしの力作だ。
■京大の自治空間が重んじる「当事者性」
「『自由の学風』と言っても、学生が感じる(感じていた)自由のありようは人によって違う。それはひとりひとりの視点や記憶に支えられ、無言のうちに共有されてきた“輪郭”のようなものでしかないのです」
「ではその“中身”とは何なのか。お前が考える自由や自治とは一体どんなものなのか-。執筆中は常にそう問われ続けているような感覚がありました」
取材は1年半。約50人の卒業生や現役学生、教職員らへの聞き取り、歴史の考証などを通じて、京大生たちが「大学とはどういう場であるべきか」という問いを重ねながら、自分が今いる場所の「当事者」であることを大切にしてきたことを、杉本さんは丹念な筆致で浮き彫りにしていく。神出鬼没の自由の砦こと「やぐら」と「こたつ」、自治を重んじる吉田寮をはじめとする学生寮、音楽や演劇で数々の伝説を生んできた西部講堂を自主管理する団体「西連協」のあり方など、本書で取り上げられるトピックからは、京大という場で120年以上にわたって連綿と受け継がれてきたそんな気風をはっきりと感じ取ることができる。
■危機に瀕する京大的「自由」
一方で、近年はタテカンの強制撤去や吉田寮の明け渡しなどから明らかなように、自由を規制しようとする大学側の動きが目立つ。杉本さんは1990年代以降に進められた大学改革、特に2004年の国立大学法人化を契機に、京大の自由と自治空間が少しずつその力を削り取られている現状を憂う。
「大学改革のことを調べていると、大学改革とはつまり経済政策ではないかということを実感した。だから京大の学風を愛する人ほど共感できないんです」と杉本さんは指摘。「世界に誇るべき京大の“京大らしさ”が、このまま失われてしまってもいいのでしょうか」
■真のテーマは「私たちはこの世界でどう生きるか」
序章「折田先生像と『自由』」から終章「今は個々バラバラの細流であっても」まで、全7章で構成。基本的には「事典」の体裁を取っているが、軽めのコラムや硬派な論考、京大出身の作家森見登美彦さんのインタビューなども収録し、読み物としての面白さも追求。多角的な視点から京大的文化を描き出している。
杉本さんは長年、「場」をつくる活動に関心を寄せ、「地域に開かれた寺」をテーマにコミュニティづくりの現場などを取材してきた。「京大が体現する自由、自治のあり方は、若い頃に自分を形成してくれた原点でもある」と杉本さん。「京大のことを書きながら、同時に『この世界でどんなふうに生き、どんな人と関わっていきたいか』という普遍的なメッセージを込めた。この本が『今いる場所』を見つめ直すことや、対話の場が開かれることにつながるきっかけになれば嬉しい」と話している。
「京大的文化事典 自由とカオスの生態系」は税別1600円。全国の書店で発売中。
(まいどなニュース・黒川 裕生)