レイプで妊娠、コロナで仕事も住む所も失った女性が「赤ちゃん可愛いと思ってもいいのかな…」と思えるまで
望まぬ妊娠をし、誰にも言えないまま赤ちゃんを生み、遺棄してしまったり、育てようと頑張っても思うようにいかず放置死させてしまったりする事件が、後を絶ちません。家族や頼る人も、お金や住む場所もなく、社会からも非難されていると感じ、孤立する妊婦たち。現在妊娠8カ月という20代の女性も、その1人でした。
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「事件のニュースを見るたび『自分と似てるな』って思っちゃう。いずれこうなるかもしれない。家族にも責められ、SNSの心ない投稿も全て自分に向けられてると感じた。マイナスの気持ちばかり膨らんで、自分の体じゃないみたい。なのに、赤ちゃんは育っていく。妊婦がどんなものかも知らない。ただただ、どうしていいか分からなかった」
仕事もなく借金も抱え、友人や親戚の家、ネットカフェなどを転々としていた日々を、そう振り返る。
■見知らぬ男に襲われ…でも警察には行けなかった
両親は生まれてすぐ離婚し、祖母と養子縁組をした。大学進学を目指したものの経済的な事情が許さず、フリーターに。日中は派遣、夜はスナックなどで働いていた。だが、ある夜、いつも通り仕事を終えた帰り道で、見知らぬ男に襲われた。
「警察に行こうかな、とも思ったけど、ツイッターとかでは(事情聴取で)酷い対応をされたという人もいっぱいいて、正直、良いイメージを持てなかった。『そんな時間に出歩いてたのが悪い』とか言われそうだし、『キャバ嬢だから』とか言う人や、実際に後を付けられたという話もよく聞いていた。だから、もうこれ以上嫌な思いをするぐらいなら…って。病院だってあれこれ聞かれるし…。被害に遭ったら何を最初にしなきゃいけない-とか知らなかったし、とにかく仕事して、忘れようと思ったんです」
だが7月、体の異変に気付いた。妊娠検査薬は「陽性」。「最近お腹が張るな、とは思っていたけど、元々生理不順で気付かなかった。被害の日から計算したら、もう中絶もできない。産むしかない…って。でもコロナで仕事もなくなって、家もなくて、借金もあったからもう、『どうしよう』しかなかった」。夜、「妊婦」「住む場所がない」と検索していて引っかかったのが、神戸市にある、望まぬ妊娠などに悩む女性のための相談窓口「小さないのちのドア」だった。
■病院に行くための現金1万円だけを持って
「とにかく24時間、話を聞いてくれる、と書いてあったから。どこにあるか、何をしてくれるかも分からなかったけど」と女性。手元には、病院を受診するための現金1万円だけ。「事情を聴いて、とにかく『すぐ、いらっしゃい』と言いました。一刻も早くコンタクトを取らないと、と思った」。「小さないのちのドア」の代表理事、永原郁子さんは、そう振り返る。
女性は隣接するマナ助産院の一室で過ごすことになった。柔らかい布団で、女性は泥のように眠り、それから3~4日、食事などの時間以外はずっと、眠っていたという。
その傍らで、永原さんらは提携する病院やソーシャルワーカーと連絡を取り、受診の日時を予約。診察には保健師が付き添い、一緒に役所で母子手帳や助産制度、さらに生活保護の手続きをし、「小さないのちのドア」の顧問弁護士とともに借金の返済猶予手続きなどを進めた。
「相談を寄せる妊婦さんには、借金を抱えた人も少なくありません。でも役所の生活保護の相談も、ましてや弁護士なんてハードルが高すぎる、と諦めてしまう。誰かが付き添うことが、本当に大切」と施設長で保健師の西尾和子さん。一人で行く場合とでは、対応が全く異なる場合もあるという。
1週間ほどすると、女性は「お昼に寝たら、夜眠れなくなっちゃいました」と笑うようになった。
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「お腹で赤ちゃんを育んでいる自分を、愛してほしい」
■責め続けられた日々から…「今は目に入ってくるものが、全然違う」
ドアを訪れてから1カ月が過ぎた今、女性はスタッフ向けの住居で一人で暮らし、週に1度はマナ助産院のリビングで、手作りのお昼ご飯を囲む。8月のある日も、「急に大きくなったわね」と言われ、笑いながら、丸いお腹を両手で包み込んだ。
「妊娠が分かってから、ずっと『なんで早く気づかなかったの、それなら中絶できたのに』『産んでも子どもを抱えて生活できるわけがない』と責められ、否定され続けてきたから…。赤ちゃんが可愛いとか思うこともダメなことだと思ってた」と女性。「もし産んで育てるならシングルマザーは確定。自分も途中で家事育児、仕事でいっぱいいっぱいになったら…。特別養子縁組も周囲には受け入れられないんじゃ…とか、ネットで見る偏った知識しかないし、そういうマイナスの情報ばかりが目に入っていた」
「でもここで過ごして、生まれてすぐの赤ちゃんとお母さんの姿も見て、やっと、赤ちゃんのことを喜んでもいいのかも、と思えるように…なった、かな?ツイッターでも、子育てしてうれしかったママの話や、子どもの生年月日分を貯金する話、子どもの名付けとか、目に入るものが全然違うんです。不思議」とはにかむ。
今は生まれる子どもを自分で育てるか、特別養子縁組をするか、両方の可能性を想定して準備を進めているという。「彼女には『時が来るまでは、無理に決めなくていいからね』と伝えています。悩むことより、まずは前を向いて、お腹で赤ちゃんを育てている自分を愛してほしいから」と永原さん。現在建設中の「マタニティーホーム」(仮称)では、女性のような妊婦を出産まで受け入れ、スタッフらからパソコンや料理などを教わる小さな教室などの構想もあるという。
永原さんは言う。「彼女は、誰かに助けてほしいといえる力があったから、つながれた。でも、世の中には助けを求める力を失ってしまった人が大勢いる。だからこそ、私たちはいつでも捕まれるように、ずっと手を伸ばしておきたい。たとえそれがレイプでの妊娠でも、それ以上傷を負って欲しくない。そして、日本中のあちこちに、こんな場所が出来れば、哀しいお母さんも赤ちゃんも、もっと救えると思うんです」
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最大で妊婦5人が暮らせるホームは、クラウドファンディングで資金を募り、今年末の完成を目指しています。ただ、運営は寄付で賄う予定のため、道のりは多難。「小さないのちのドア」では9月末まで、建築資材や住宅設備への支援も呼び掛けています。
(まいどなニュース・広畑 千春)