猫の乳がん…手術をしない選択の先は 包帯ぐるぐる巻きの姿で、田畑を歩き続けたサクラちゃんの思い出
友人の16歳になる猫が、乳ガンという宣告を受けました。すでにかなり大きく、直径3cm程度のボコボコした塊がおっぱいの下に触れるそうです。診断後、獣医師である私に相談がありました。
…これからどうなるのか…どのくらい生きるのか。そして、飼い主に出来ることはあるのか。疑問はつきません。
現在の標準的な治療としては、直径2cm以下の小さなガンであれば、『攻め』の治療をします。すなわち、乳ガンとおっぱい全部と近くのリンパ節を、全身麻酔をかけて手術で摘出します。といっても、猫のおっぱいは、左右に4~5個、脇から股付近までに並んでいますので、これを全部取るということは、首の下から股まで切り込みを入れ、皮膚の下にある乳腺を全て取り出すということです。かなりの大手術です。
もし、ガンの直径が2cm以上、複数個ある場合には、手術をしておっぱいを全部取っても、すぐに再発してくる可能性が高くなります。
ですから、手術をした後は、抗がん剤を定期的に投与するといった治療が『攻め』の治療となります。ただし、補助療法として確立された『抗がん剤の種類や投与スケジュール』はありません。
友人は、ガンがある程度進行していたため、手術はせずに漢方薬を飲ませてガンの進行をゆっくりにする、あるいは食欲元気をなるべく長い時間保つという『守り』の治療のみを選択しました。
手術をしないとこの後どうなるのか?についてお話ししようと思ったときに、私が以前診察していたサクラちゃんを思い出しました。
◇ ◇
サクラちゃんは田舎の古い家で飼われていた雌のキジ猫で、毎日外にも出る子でした。おっぱいにできものがあるということで病院に来られたときには、すでに、人間の握りこぶしの大きさ…。つまり、サクラちゃんの頭と同じくらいの大きさのガンが2カ所にありました。しかも、1カ所は自壊して、内部から膿が出ていました。サクラちゃんの母猫も、乳ガンで亡くなったということでした。
サクラちゃんだけは助けたい…飼い主のお母さんはそうお考えになったのでしょう。しかし、それでも、もう少し早く、連れてきていただきたかったと思いました。
ここまで進行していると、摘出してもすぐに再発するか、他の臓器の転移が目立ってくることをお話したところ、『ではこのままでサクラちゃんが辛くないようにしてやってください』とのことでした。
人間の乳ガンでもあることですが、ガンが進行すると自壊して、においのする液体が出てきたり、出血や痛みが問題になることがあります。
免疫力が低下すれば、その部分が化膿したり、夏場ですとウジがわくこともあります。皮膚の通常の傷であれば自己治癒力で治りますが、ガンが自壊すると、まず治りません。
治療は、定期的に洗浄消毒して、ガンの部分から出てくる液体を広がらないように吸い取るガーゼを当てて、包帯を巻くことです。
サクラちゃんは、当初は元気で、食欲や血液検査に問題はなく、胸のレントゲン検査や腹部のエコー検査でも、ガンの転移はなさそうでした。私はサクラちゃんの両脇から腰辺りまで包帯を巻き、週2回巻き替えに来院するようにお伝えしました。
それから、サクラちゃんとお母さん、私との3人での闘病生活がはじまりました。
◇ ◇
サクラちゃんは、12月の寒い時期も、雪が降っても、毎日外に出かけました。飼い主さんの田畑の中に農機具をおいて置く小屋があり、どうやらそこに行ってお昼寝をしているようでした。
包帯で胴体をぐるぐる巻きにした猫が田畑を歩いていたら、知らない人が見かけたらさぞかし驚いたことでしょう。
ときには、診察の予約時間にサクラちゃんは行方不明となり、連れてこれない日もありました。以降も元気で、食欲はずっと続いてありましたが、自壊した部分からの悪臭と液体は、日に日に悪化していきました。ガン自体も、サクラちゃんの頭大のものが、2個から3個に増えました。
お母さんは、サクラちゃんを段ボールにいれて自転車の荷台に乗せ、通院しておられましたが、雪が降るとタクシーでいらっしゃいました。時には、タクシーに乗せるには忍びないほどの悪臭と包帯の汚れがあり、動物病院に行く前に自分で包帯を巻きなおしてからタクシーで来院することもありました。
「ご自分で包帯を巻き替えられるのでしたら、ご自宅で巻き替えをされますか?」とお聞きしたのですが「いいえ、定期的に病院でお願いします」とのことでしたので、そのまま、年末も、年始も、包帯の巻替えを続けました。
そして3人での治療が始まってから、およそ4カ月経った2月の寒いとき、サクラちゃんは、ついにガタっと食欲が落ちました。全く何も食べなくなり、熱も出てきました。
私はお母さんに、辛い予告をしなければなりませんでした。
『あと数日で天国に行くと思います』
そして、3日後に亡くなったと連絡が入りました。
私はその連絡を受けて悲しかったのですが、でもサクラちゃんがサクラちゃんらしく、自由に生きた4カ月を誇りに思いました。
本当に、亡くなる数日前まで元気で食欲もあり、ガン以外は何の心配もありませんでした。治療…といってはおこがましいのですが、最後の4カ月を一緒に過ごすことが出来て、思い出深い猫になりました。
きっといまでも天国の小屋で、お昼寝しているのでしょう。
(獣医師・小宮 みぎわ)