豊田真由子が自民党総裁選をイチから解説 「勝ち馬に乗っておかないと、あとが大変」
「ポスト安倍」を決める自民党総裁選で、立菅義偉官房長官、石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長の3氏が立候補を表明している。国の大事なリーダーを決めるこの選挙について、元厚労省官僚、元衆議院議員の豊田真由子氏にイチから分かりやすく解説してもらった。
--今回の自民党総裁選挙が、これまでの総裁選と大きく違っている点は、何でしょう?
コロナ禍により、国民の間で「政治」や「リーダー」に対する関心が、それまであまり関心のなかった方々の間にも、高まっていること。 政府や知事がどういう対策を行うかによって、自分や家族の生命や生活、学校や会社や事業が大きく影響を受けるということを、皆が実感しました。したがって、じゃあ、次のリーダーは誰なの?どういう対策を実施するの?というのは、当然の関心事です。
それにも関わらず、旧態然とした派閥の論理でリーダーが決められていることが、今の国民の目にどう映っているかという問題、そして、そうしたことに対して、永田町の方々は、あまりに無頓着なのではないか、と感じます。
--なぜ、自民党の総裁 = 内閣総理大臣なの?
日本国憲法では「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」(第67条第1項)とされています。 したがって、一番多くの国会議員が名前を書いた人が総理になる→(政党に所属する国会議員は、当然にその党の代表の名前を書くことを求められるので)、結果的に、国会で多数を占める政党の代表が内閣総理大臣になる、という仕組みです。
--そもそも自民党の総裁は、どうやって決められるの?
自民党則というもので決められています。 総裁選の投票権は、そもそも党所属の国会議員(394名)と党員・党友(同数の394票)のみにあります(394+394=合計788票)。 しかし今回は、通常の党員・党友投票は行われず、代わって両院議員総会で選出されることになり、国会議員(394名)と各都道府県連代表3票ずつ(合計141票)で、(394+141=合計535票)ということになります。 過半数を取った人が、総裁になります。
さらに総裁選挙において、議員は、自分の所属する派閥が推薦する候補に投票することを求められますので、基本、個々の議員の自由意思は働きません。
そうなると「自民党所属の国会議員の派閥の力学で選出された総裁」が「日本国の総理」となるわけですが、ご推察のとおり、これは必ずしも「日本国民の民意を反映した総理、あるいは、国民の側に立って日本国と日本国民にとってベストな政策を遂行する総理」ということを意味するわけではありません。
もちろん、一国のリーダーを選出する方法というのは、国によって様々であり、どれが良いシステムであるか、というのは、かなり難しい問題ですし、そもそも「ベストな政策」の定義自体も定まらないわけですが…。
--実際のところ、今回の総裁はどう決まっていくの?
今回は、諸々の状況を踏まえて、新総裁に望まれる要件として、以下のようなものが求められたのだと思います。
・安倍総理の意向を汲む
・安倍政権で築かれてきた権力構造や政策方向を維持できる
・党内キーパーソンや他党との強い人脈がある
・ある種の危機下にあるので、胆力や調整力や、人の面倒を見る力がある
・多方面に睨みが効く
こうしたことがベースにありつつ、二階俊博幹事長の強大な政治力・影響力が如何なく発揮された流れといえるでしょう。
--そうは言っても、大勢の人がどうやって動くの?
国政選挙、知事選挙、地方選挙、そして総裁選挙、あらゆる「選挙」において、政治に近い方々(一般の有権者ではなく、コアになって動く人たち)が動く一番のポイントは、なんだと思いますか?
それまでの人間関係?恩義?信頼? 候補者の能力?人柄?経験?統率力?責任感?
いえ、違います。 正解は『勝ち馬に乗る』です。(たぶん)
「この人が勝ちそうだ」となったら、雪崩を打ったように、人が(それまでは、別の候補者を推していた人たちも、手の平を返したように)、ダダーっとそちらに流れます。それはもう、驚くほどに!
だって、勝ち馬に乗っておかないと、あとが大変。我が身や属する組織が冷遇されてしまいます。それはきっと、そういう人たちにとっては、ものすごくおそろしいことなのです。
そして、そうした状況を見て、立候補を考えていた人も「今回は無理そうだな」と悟り、場合によっては、次以降の総裁選のことを考えて、出馬を取りやめます。 だって、負けると分かっている選挙に出ても、いいことないよ~ってことです。
…『政治』というものは、意外にも、大抵そんな風に決まります。
もちろん、政治に関わる方が、全員が全員そうだというわけではなく、国政選挙でも地方選挙でも、信念や恩義や信頼感で、勝ち負けとは関係なく、自らが信じた候補を応援し続ける方もいます。ただし、少数です。
--最後に一言
「選挙に勝利して、議員や知事や総理になること」は、それ自体は『目的』ではなく、あくまでも『手段』でしかありません。
では、『目的』は何かというと、「己の能力や経験の限りを尽くして、無私の心で、より良い国や地域を作ること、国民が安心と希望を持てるようにすること、できる限りの苦しみを減じること」だと、わたくしは思います。
(これは当たり前のようですが、実際はそうでもないのです。)
いずれにしても、どなたが総理になられたとしても、「民意と大きく乖離した、永田町の都合で選ばれた総理」と受けとめられないよう、大局観を持って、真摯に誠実に、国民の悩みや苦しみに思いを馳せた、国家運営にご尽力いただきたいと思います。
そして、新型コロナ対策としては、長い感染症の歴史に学び、真にグローバルな視点を持ち、専門家の説明を参考にしつつも鵜呑みにするのではなく、責任を押し付けるのでもなく、自ら理解・判断し、覚悟を持って、そうした上で、国民の生命と健康、社会と経済を、どちらもともに守り抜いていくことを、どうか目指していただきたいと思います。
根拠のない耳障りの良い言葉を並べるのではなく、いたずらにこわがらせるのでもなく、厳しいことも含め、国家の未来と戦略をきちんと語っていただきたいです。 また、国民は“お客様”ではなく、一人ひとりがこの国の未来に責任を持ち、ともに力を果たしていく存在であるのだということも、改めて申し述べたいと思います。
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「現在永田町で起こっていることを、分かりやすく解説しようと試みたものであり、個々の候補者や候補予定だった方々の資質や、どなたがふさわしいと考えるかといった観点からのコメントではありません。念のため。なお、これまで政治について発言することをできるだけ控えておりましたが、かつて政治の世界を経験し、今は一人の国民として、両方の立場の考え方を解する者として、僭越ながら申し述べさせていただきました」
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。