豊田真由子、不妊治療の課題は「経済的負担だけではない」 理解とサポートを
おととし国内で実施された体外受精で生まれた子どもの数は、5万6979人で、1年間に生まれる子どものおよそ15人に1人が、体外受精で生まれた計算になります。不妊治療のため体外受精等を実施した件数も、延べ45万4893件ということで、過去最高となっています。(日本産科婦人科学会調査)
一方で、不妊について、オープンに語られることはまだまだ少なく、当事者が抱える苦悩が、周囲や社会に本当に理解されているか、大きな疑問があると思います。不妊治療を受けることは、経済的負担とともに、身体と心への負担が極めて大きいもので、家庭や仕事との両立も大きな課題です。今回、不妊治療が保険適用されることで、経済的負担が軽減するとともに、社会に広く理解が浸透して、様々な状況が変わっていくことを期待します。必要なもの、求められているものはなにかを、考えてみたいと思います。
■なによりも当事者の気持ちを慮る
不妊治療を受ける - 頻繁に通院する、一定期間毎日注射をする、急な休みを取る、結果が出るだろうかという不安が続く、結果が出なかったときに深く悲しむ、そして、そうした様々な事情を抱えながら、対外的には“変わらぬ日常”を送らなければならない - こうした状況は、本当につらいものなのです。こうした実態をきちんと知ってもらい、そして、もし自分がその立場だったら、何をしてほしいか、何をしてほしくないかを、考えていただく、不妊・不育に悩んでいることを、周囲や社会が本当の意味で理解し、サポートするということを、進めなければいけないと思います。
なお、あまりにそもそも論で恐縮ですが、今でも、周囲の方からの何気ない言葉に傷付く方たちが、本当に多いのです。例えば、お舅・お姑さん等からの何気ない「赤ちゃん、まだなの?」「二人目は?」といった一言は、本当にグサリと胸に突き刺さるもので、精神状態や人間関係を根幹から悪化させるおそれがあります。結婚や妊娠・出産、生き方等に関わる諸状況は、年齢的なことを含め、上の世代と大きく変わってきています。若人は先人を敬い尊重するとともに、先人は若人に自らの価値観や尺度を押し付けないことが必須であろうと思います。
■科学的な理解、家庭や仕事との両立
不妊治療が時間や年齢とのたたかいでもある、ということを踏まえれば、妊娠や出産に関する“適切な”教育や啓蒙、そして、現実問題として、カップルで早い段階で検査を受けて、なにが問題であるか、を明らかにすることが大切だと思います。女性が男性に言い出しにくい、あるいは、女性・男性ともに、問題の所在が明らかになったことで、責任を感じてしまう、ということもあります。お互いを想いやり、協力して取り組んでいくことなんだ、ということを広く認識していただかないと、苦悩が一層積み重なることになります。
不妊治療と仕事の両立という観点からは、女性では、両立できず仕事を辞めた方が23%、不妊治療をやめた方が10%います(厚生労働省調査)。通院回数が多い、体力が持たない、医師から告げられた通院日に外せない仕事が入っている等仕事との調整が難しい、等の課題が指摘されています。休暇取得や柔軟な勤務形態を可能とするシステム整備が必要なわけですが、ただし、育休取得もそうですが、たとえ制度があっても、それを負い目を感じずに実際に利用できる風土がなければ、意味がありません。法律や制度を整備するとともに、職場や社会の理解がきちんと深まっていくように、啓発と実行を行っていただきたいと思います。
■病院選びの難しさや医療現場に求められること
不妊治療は、原因や身体・経済的負担などを勘案して、段階的に「タイミング法」「人工授精」「体外受精」「顕微授精」等を順に行っていくことが一般的ですが、医療機関ごとに治療方法や方針等が異なるものの、まとまった情報開示や、医療機関についての標準的な評価方法も制度化されておらず、したがって、病院選びの情報はネットの口コミ等に偏りがちで、何度も転院される方も多い、という現状があります。ここも改善が必要です。
ただし、「医療行為の結果の評価」というのは、実はそれほど簡単なことではなく、例えば、心疾患やがん等の治療についても、もともとどういう状態の患者さんであるか等によっても、結果は大きく変わってきます。例えば、重症の患者さんを積極的に受け入れ、がんばっている病院が、結果的に手術の成功率自体は低くなるといったことが生じ得ます。治療実績の数字のみが注目を浴びると、数字を良くするために、軽症者を中心に受け入れる、というようなことも生じるおそれがあると言われており、同様のことは、不妊治療についても生じる可能性があります。治療実績の開示については、年齢別や既往症などによる、着床、妊娠、出産に至る経過を、公正に見てもらうことが大切だと思います。
それから、どの治療においてもそうですが、不妊治療のセンシティブな性質を踏まえ、医療現場には、より一層、不妊に悩み、頼ってきた方々の気持ちに寄り添い、安心と信頼を構築することが求められます。
また、地方と都市部では、不妊治療を行う病院の数なども異なり、病院を見つけてアクセスするだけでも大変、という声を聴きます。これも難しい問題ですが、保険適用の実現の過程で、医師・医療機関偏在についての議論も深まっていくことを期待します。
■「子どもを持たない人生」もある
不妊治療を経験しても、結果が出ないケースもたくさんあります。大変な身体と心の負荷や経済的負担を経験した上で、つらい気持ちを抱え続ける方も多いのです。
また、様々な理由から、子どもを持たないという選択をされる方もいます。
したがって、今回、不妊治療の保険適用が注目されることによって、「子どもを持つ」ということに、プレッシャーを与えるような風潮ができるようなことがあってはなりません。当初からでも、結果的にであっても、「子どもを持たない人生」というものがあり、そのことに、きちんと理解を深め、尊重をするということを、改めて広く共有したいと思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。