地方演劇のありかたを模索… コロナ禍のもとホール公演を成功させた「演劇街道きのくにプロジェクト」
10月3日、和歌山県海南市のノビノスホールで「演劇街道きのくにプロジェクト」主催の演劇「千年前から、君を探していた」を観劇した。
ピアニストを目指していたが夢破れてアルバイトをしているヒロインの元に届いた「僕はまだあそこにいる。僕を探して」という失踪した恋人からの手紙…。そして故郷の和歌山に帰ったヒロインの周囲で人々が失踪する事件が起こり始めるのだが、それにはどうやら千日詣がおこなわれる8月9日の紀三井寺が関係しているらしい…。
和歌浦湾に伝わる乙姫伝説をモチーフにし、かつ斬新なサスペンス感、SF感のあるストーリーと、名演出家として知られる佐藤香聲(さとう かしょう)さんの演出、ヒロイン役の栗須香練さん、ヒロインの恋人役のうえだひろしさんを中心としたキャストたちの迫真の演技は大きな見ごたえがあった。
またこの公演にはコロナ禍におけるイベントという面でもインパクトを感じた。新型コロナが感染拡大した3月頃から世間ではイベント自粛の気運が高まり、演劇シーンでもほとんどこういった公演は開催不可能な状況が続いていた。今回の会場だったノビノスホールにしても、今年6月に開館したはいいがほとんど利用されることがなく、この公演が初めての演劇イベントだったそうだ。いくら政府から9月19日以降のイベント自粛緩和のお達しがあったとは言え、その実現には数々の困難があったに違いない。
「千年前から、君を探していた」はどのような経緯で構想され実現に至ったのだろうか?「演劇街道きのくにプロジェクト」代表で、本作の脚本を手がけた三名刺繍(みな ししゅう)さんにお話をうかがった。
中将タカノリ(以下「中将」):「演劇街道きのくにプロジェクト」と三名さんとの関わりをお聞かせください。
三名:もともと2019年6月に私の祖父(マジシャンの金沢天耕さん)の自叙伝的作品「酔筆奇術偏狂記」を和歌山で上演したかったことがきっかけで作ったプロジェクトなんです。当初は私と同じ和歌山出身の俳優である坂口勝紀君と、大阪で作ったものを持っていこうと考えていましたが、地元の協力者も一緒にやろうと声をかけてくれたことがきっかけで団体を作りました。シアターロード(演劇街道)と名付けて文化の道となることを意図した企画です。
中将:本作のストーリー、脚本に込められた意図やメッセージについてお聞かせください。
三名:人はいつも後悔を背負って生きています。謝りたい人に会いに行って素直に謝ることも、会いたい人に時間をつくって会うこともなかなかできません。そんな後悔を弔うことができる方法があるとすれば、それは祈りしかないのではと思います。そんな思いを、毎年8月9日に消えない灯を持って紀三井寺を訪れるという乙姫伝説の乙姫の姿に重ねました。
中将:生きる上での一つのテーマを地元、和歌山の伝説に結びつけて表現するあたり「演劇街道きのくにプロジェクト」ならではの内容ですね。
しかし、この時期に公演を決行されるにはさまざまな困難があったと思います。公演が決まったのはいつ頃でしょうか?
三名:2019年の10月頃から、企画がゆっくりと動いていました。ノビノスホールにはプロジェクトメンバーがコンタクトを進め、2020年はじめに紀三井寺に挨拶に行き、資料集めなどにかかりました。
ところが…6月に予定していた公演があったのですがコロナ禍で中止、10月の本作も中止しようかと悩みながら話を止めていました。2020年7月に開催を決意し、従来とは異なる形での開催を決めました。
中将:いつから開催しても大丈夫になるかわからない状況だったので、大変なご判断でしたね。
三名:資金面での困難もありましたし、当初の予定とは大きく異なった状況で準備、開催しなければいけなくなったのは本当に大変でした。
参加者を少人数に厳選し、シーン自体の登場人物も減らしました。練習回数は極力減らし、楽屋も密にならないように気を付け、少しでも気分が悪い人は稽古を休んでもらうようにしました。真夏の練習でも換気を徹底した結果、熱射病になる人も出ました。そんな中でお芝居を仕上げていくのは非常に厳しかったです。
集客、来場されたお客様への対応にも苦労しました。座席数は半数に減らしたのに、受付人員は従来の倍は必要でした。
中将:そういう背景があったことを聞くと、演劇シーンの復興もまだ険しい道のりの入口に立ったばかりなのだと思い知らされますね。
公演を終えた今のご心境をお聞かせください。
三名:コロナ禍で中止になった公演も多数ある中、あえてこの公演は開催されました。やめるのか進むのかという決断は、自分にとっての演劇の意味を問い直す作業でした。
開催にこぎつけるまでの過程も困難に充ちていましたが、どうにかそれを乗り越えられたのは仲間との絆があったからだと思っています。演劇作品を作る動機が人であるということをあらためて気付かされました。
中将:困難に臨んだからからこその達成感や気付きですね。
座席数を半分にせざるを得なかったのは残念ですが、お客の入りは満員でしたし、公演内容に満足されていた方が多かったとも感じました。
三名:大阪など他府県から大勢の方が和歌山の海南市まで足を運んでくれたことには感謝しかありません。お客様は演劇ファンの中でも特に地方演劇に関心の高い方が多かったのではと思います。地方での演劇のありかたについて考える良い機会になりましたし、ノビノスホールの美しさを褒めていただける方が多かったのも嬉しかったです。
ただ、会場までお越しになれない方に向けて、4日の2回の公演はリアルタイム配信する予定だったのですが、不具合で中止となり大変ご迷惑をおかけしてしまいました。今後新しい演劇公演スタイルを確立してゆくにあたり、様々な課題があると反省しています。
「三名刺繍(みな ししゅう)」プロフィール
和歌山県生まれ。関西学院大学卒業。
2001年、関西学院大学の演劇サークルのメンバーと「劇団レトルト内閣」を旗揚げ。以降、全作品の作・演出・音楽を担当。雑誌ライター他、編集者。2018年より演劇講師。地元・和歌山での活動など本名の「金澤寿美」名義を使用する場合も。
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コロナ禍で大変な困難に見舞われたものの、公演をやり遂げることで演劇集団としての新たな境地にいたった三名さんら「演劇街道きのくにプロジェクト」。いつ終えるとも知れないコロナ禍のもと、まだまだとは不自由な状況は続くだろうが、彼らならきっと乙姫伝説の乙姫のように希望の灯りを絶やさず演劇街道の旅をまっとうできるだろう。今後の「演劇街道きのくにプロジェクト」のさらなる発展に期待したい。
(まいどなニュース特約・中将 タカノリ)