親に殺されかけた子どもたちの思いとは?…女優サヘル・ローズが児童養護施設から受け止めたこと
イラン出身の女優サヘル・ローズは自身の原体験に基づく思いから、児童養護施設の子どもたちを支援する社会活動を続けている。施設出身の青年を描き、来年の配信を目指すドキュメンタリー映画「ぼくのこわれないコンパス」でナレーションを務めるサヘルに思いを聞いた。
1985年、イラン生まれ。イラン・イラク戦争の最中、4歳で孤児となり、養母と共に8歳で来日。子どもの頃、イランで観ていたドラマ「おしん」の国で女優になった。その演技は、生きる上での切実さに裏打ちされていた。
「私は7歳まで施設にいました。子どもは0-5歳にどういう状況下に置かれるかによって、その後の精神状態が決まってくる。施設の子どもはよく笑います。笑顔を顔に貼り付ける。大人に愛されたい、引き取ってもらうために自分をアピールする。それは悪いことじゃないけど、本当の私は誰?と思う。私は表現の世界で仕事をして精神状態を保っています。過去の経験を生かせる仕事=芝居に自分の生き方を見出した。今の子たちには『無理して笑わなくていいんだよ』と伝えたい」
2012年からNGО組織と連帯して日本の児童養護施設を支援。今回、思いと重なる映画のオファーも快諾した。
「あるプロジェクトを進めていて、9人の退所した子たちと対話をしているのですが、何人かは母親に殺されかけているんです。包丁を向けられたり、首を絞められたりして、施設に逃げた。その子たちに『お母さんをどう思う?』と聞いたら、『あいつが将来、食べる物も生きる場所もなくなったら、俺は面倒を見る。悔しいけど、母さんは母さんだ』って。それを聞いた時、私はすごく胸が締め付けられました。ある年齢まで親と一緒にいて、どんなに暴力を振るわれても、お母さんを愛している。男の子は全員そうでした。女の子はバッサリ切るんですけどね。そこははっきり分かれていて」
映画に登場する施設出身の青年は母らから虐待やネグレクトを受けた。その母が今作を観た時、どう思うだろうか。
「作品を観て、お母さんも救われる気がします。親を責めるだけでは何の解決にもならない。施設にいる子の7割以上は親の虐待に遭っていますが、その大人たちも自分が幼少期の頃に何かしらのことが起きていて、それを繰り返す人が多い。大人たちを救うことも大切だと思うんです。一番の根っこを救わない限り、そのピラミッドは変わらない。社会全体の責任だと思います」
自身も経験した「外国人差別」についても聞いた。
「何かをしでかした1人がいたら、他の人も全員同じだと一括りにされてしまう。偽装難民などという言葉が平気で使われていますが、それぞれの背景や抱えている問題は違うのに、中東から来たというだけで家を探すことも一苦労で、仕事も見つけられない。私たちが日本に来た27年前、埼玉に住んだ時はまだそんなことはなかったです。周りの人たちは外国人どうこうより、この親子を助けたいという思いで接してくださった。同じ『人間』『地球人』として」
憎悪の連鎖は断てるのか。サヘルは「相手を人として見ること」と説く。
「そのことを、私は昨年、イラクに行った時にかみ締めました。『敵』とされたイラクで、教科書や大人に聞かされていた『怖い彼ら』ではなく、優しさに接した。ここは同じ地球で、みんな同じ痛みを持っている人間なんだと。イランでもイラクという隣国にネガティブなことを言う大人は多く、ヘイトスビーチもある。今の日本で言えば特に韓国に対してですが、心が痛みます。憎しみは憎しみしか生まない。『許す』ということはすごく大切な感情だと思います」
今後に向けて「施設の子どもたちと進めるプロジェクトを形にしていくこと。退所後も胸を張って生きて行く道づくりをすることが私の関わり方」と前を向く。
「私の名前も誕生日も後から付けられた。いつ生まれたかの出生届もない。家族の記憶がなく、心の空洞は埋まらない。それを受け止め、自分の中でプラスに転化できるか。今では全ての経験が財産で、いい人生だったと振り返られます」。誕生日となった10月21日、サヘルは35歳になった。
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◆サヘル・ローズ 1985年、イラン生まれ。高校時代から芸能活動を始め、日本テレビ系「THE・サンデー」で滝川クリサヘルというキャラクターを演じて話題に。著書に「戦場から女優へ」(文藝春秋)。女優として、近年は寺山修司作品など数多くの舞台に挑み、映画「冷たい床」でミラノ国際映画祭短編映画部門の最優秀主演女優賞を受賞。現在も養母と暮らす。
(まいどなニュース/デイリースポーツ・北村 泰介)