コロナ禍、スキャンダル…ギスギス世相の救世主? 「かわいい」でやさしさを鍛えよう

新型コロナウイルス禍では、感染者にとどまらず、日々懸命に働く医療従事者やエッセンシャルワーカー、さらにはその家族にまで、嫌悪や差別のまなざしが向けられることがありました。テレビやネットでは、失態やスキャンダルに対する過剰なバッシングがやみません。ぎすぎすした世相に疲れて笑顔を忘れていると気づいたら、「かわいい」で穏やかな心を取り戻してみませんか。10年以上にわたって「かわいい」に科学的アプローチを続ける大阪大学大学院人間科学研究科の入戸野 宏教授(実験心理学)が語るその効果とは。

「かわいい」に注目する日本の文化には千年を超える歴史があります。現在は、動物や子どもといった対象だけでなく、ファッションやキャラクターグッズ、インテリアなどにも使われます。海外向けには「kawaii」と記され、日本のポップカルチャーとして知られるようになりました。 

実験心理学は人間の心や行動の法則を実験によって明らかにする研究分野。入戸野さんは、かわいいものに接しているときの心理的・生理的反応▽かわいいものに接することによって生じるその後の行動変化▽「かわいい」という感情と他のポジティブ感情との違い▽かわいいものに対する態度や行動の個人差・文化差などを研究しています。 

■ピノ×かわいい

研究以外では、10月に公開された森永乳業のピノの特設サイトを監修。同サイトには、「キラキラかわいい」「レトロかわいい」「犬かわいい」など、50種類のパッケージが紹介され、期間限定で発売されました。入戸野さんの推しは「なかよしかわいい」。「大きさも形も違うばらばらなキャラクタ-が、何となくみんな一緒にいて、笑顔でくっついている」ところがコミカルで好きなのだそうです。 

-研究者とピノのコラボに驚きました。

「もちろん私がパッケージをデザインしたのではありません(笑)。私の役目は、これまでの研究に基づいて、『かわいい』の現状とその心理について担当者に説明するとともに、パッケージ案についての感想を述べることでした」 

-特に伝えたかったのは。

「『かわいいは感情であり、何をかわいいと思うかは人それぞれでいい』ということです。コロナ禍と昨今の社会状況を踏まえて、『笑顔とやさしい気持ちを取り戻すきっかけにする』『幸せを感じる対象や瞬間は人それぞれだから、その多様性を尊重しよう』という2点を強調しました」

■ 「かわいいの力」は多彩

「かわいい」という感性には、平安時代から続く歴史があるといわれます。清少納言の「枕草子」には「うつくしきもの」という段があり、そこで表現されている対象は現在の「かわいい」に言い換え可能です。現代的な「かわいい」は、1970年代に若者、特に女性が自分たちの文化として編み出したものです。当初は、大人たちから否定的に捉えられることもありましたが、「かわいい」を多用していた世代が社会の中心で活躍するようになると、広く受け入れられるようになりました。2000年前後には「キモかわいい」という言葉が生まれるなど、語義が拡大しました。

海外の研究では、赤ちゃんや幼い動物が持っているある種の形状に対して「かわいい」と感じる仕組み(ベビースキーマ)が人間に備わっていると提案されています。しかし、この学説では、ファッションやお菓子、時には中年男性やお年寄りに対しても、「かわいい」と表現する私たちの行動を説明できません。入戸野さんの研究から、(1)「かわいい」と「幼い」は異なる概念である、(2)「かわいい」は対象に近づいて見守っていたいという気持ちと結びついている-といったことが明らかになっています。

かわいいものに接すると、実際私たちにどんな変化が生じるのでしょうか。入戸野さんの著書(「かわいい」のちから 実験で探るその心理/化学同人)によると、注意を引きつける▽長くみつめられる▽気分がよくなる▽笑顔になる▽丁寧に行動するようになる▽手助けをしたくなる▽世話をしたくなる▽自分に甘くなる-といった心理状態や行動が起きることが分かっています。

■コロナ禍の「かわいい」

-「かわいい」の定義が難しいです。

「『かわいい』を対象の性質だと考えると、いろんな例外が出てきますし、意見の食い違いも生まれます。でも、ある対象をかわいいと感じたら、それが自分にとっての『かわいい』だと素直に認めたらいいのでは。他の人が別のものをかわいいと感じたら、たとえその理由が自分には理解できなくても、そうなのかと同じように認める。『かわいい』には正解がないけれど、確かにそういう気持ちはみんな持っているよねと考えたら、すっきりしませんか」

-多様であって問題ない、と。

「多様性っていうのは、作りだすものではなく、すでにそこにあるものです。だって、みんな違うのですから。それをあるがままに認めるというのが寛容性であり、やさしさですね。なかなか難しいことですが、『かわいい』はその気持ちを鍛えるきっかけになると考えています。遊び心があるからシリアスにならず、みんな違うんだなと素直に感じられるはずです」

-「かわいい」という感情によって、やさしさを取り戻せるのでしょうか。

「かわいいものに接すると、口角を挙げる表情筋(大頬骨筋)が活動して、笑顔になります。笑顔になっていることは自分で感じられるだけでなく、他者からも見えますから、周りの人も楽しい気持ちになります。笑顔を通じて『かわいい』感情が広がり増幅していくことを、『かわいいスパイラル』と名づけました。こんな時代だからこそ、ささやかな幸せを見つけたいですよね」

-コロナ禍のソーシャルディスタンスが、「かわいい」の逆風になりませんか。

「確かに、かわいいと感じると近づいたり、触ってみたくなったりします。でも、実は適度な距離も必要です。『かわいい』の悪い点として、衝動的になったり、自分を甘やかしてしまったりすることが指摘されています。あえて距離をとって、そのときの自分の心の動きに注意を向けるようにすれば、『かわいい』という気持ちをもっと深く味わえるようになるはずですよ」

-距離を置きつつも緩くつながる、という関係ですね。

「現代における『かわいい』は、上下関係ではなく、水平関係を志向しています。もし目上の人をかわいいと感じるなら、それは侮っているわけではなく、上下関係を超えた仲間意識を感じているということでしょう。これからの時代は多様性と寛容性(やさしさ)が鍵となります。『かわいい』に注目することは、遊び心を持ちながらその心性を育むきっかけになるのではないでしょうか。自分の『かわいい』だけでなく、他の人の『かわいい』も尊重できるようになれたらいいですね」

(まいどなニュース/神戸新聞・竹内 章)

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