来夏の東京五輪・パラリンピックは、『開催』できるか? 豊田真由子が感じる違和感

IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長が来日して、関係者と会談、来夏の五輪開催を力強く打ち出しました。これまでは「東京五輪は開催できると思うか?」と質問されることが多かったのですが、今後は「開催できるか・できないか」ではなく、

①どういう形でなら、「開催」が可能か?

②その形で開催するために、なにをすることが必要か?

という流れに変わっていくのだと思います。

現時点での五輪関係者の方針は、

・(どんな形であれ)来夏の五輪は「開催」する。

・選手+関係者は、入国前・滞在中・帰国後において、可能な限りの感染防止策を講じる。

・観客については、引き続き検討だが、できれば無観客にはしたくない。

ということだと思います。

純粋に感染拡大防止の観点からいえば、感染が収束しない中で、これだけ大規模の人の移動を伴う国際的な催しを開催することは望ましいことではない、ということになるだろうと思いますが、一方で、五輪に人生をかけてきた選手や関係者の方々の切実な思い、五輪を巡る経済的諸問題、様々な分野の関係者・事業、(そしてもしかしたら、衆議院選・IOC会長選等、その他様々な“大人の事情”も)、開催を後押ししていると思われます。五輪・パラリンピック大臣政務官を務めたときに多くの方と接し、選手やご関係者の並々ならぬご苦労や熱意は、痛いほど伝わります。

さて、では実際に、①どういう形でなら「開催」が可能か、②その形で開催するために、なにをすることが必要か、については、どうでしょうか。

今月8日、国際体操連盟主催で、日本、ロシア、中国、米国の4カ国計30人の選手が参加し、観客は約2000人に制限された体操の国際大会が、代々木第一体育館で開催されました。その舞台裏に密着していたNHKの番組で、下記のような厳格な感染防止策のリアルな様子が示されました。

・来日前は、基本、自主隔離。

・移動は、空港-ホテル-会場のみ。(集団を守るそれぞれの“バブル”を作る)

・空港、ホテル、会場それぞれで、動線を極力工夫する。

・空港の入国時は抗原検査、その後は毎日、PCR検査を行う。

・試合についても、個人使用や消毒を徹底。

・ホテルでは、ジムやプール等の使用は禁止。    等

選手の皆さんは、ただでさえ緊張する舞台で、新型コロナに伴う多くの制約や追加的負担を受け入れながら、本当によく頑張っていらっしゃったと思います。ウイルスを日本に入れない・広げない、世界に持ち帰らせない、という思いで、準備・実行をされた関係者のご尽力も相当なものでした。

番組を観ながら、心配もありました。

・今回は30人ですが、1万人以上と言われる五輪の選手とその関係者が一堂に来日したら、空港、宿泊施設、会場でのこうした対応は、スペースや人員も膨れ上がり、とてつもなく大変そうだな、可能なのかな

・毎日のPCR検査は、身体への負担が大きく、あそこまでは必要ないかもしれない

・万全なコンディションに整えるのは難しそう。競技の才能と努力だけでなく、他の様々な要素で試合の結果が左右されることになるな      等

きっとこれから、可能な限り、検討・改善がなされていくのだろうと思います。

また、膨大な数の観客はどうするか、ということについては、観客にはこうしたあらゆる措置を厳格に実施することはできません(スペースや人員といったキャパシティ面からも、強制・管理できないという意味からも)、ハードルは、非常に高くなるように思います。

内村航平選手の「偽陽性」が問題になりましたが、こうした問題は、当然存在していますし、さらにややこしいのは、真に陽性の選手が判明した場合、その選手が以後試合に出場できない、ということにとどまらず、当該選手の濃厚接触者とされた他選手のその後の出場の可否等の問題等が出てきます。たとえば、A国の選手が陽性と判明→A国の同じチームの選手→すでにA国と対戦し、濃厚接触者とされたB国やC国の選手等も、検査結果が出るまで出場できない、陽性が判明したら当然以後出場できない・・・ということになるわけですが、五輪に人生をかけてきた選手が、仕方ないよね、と穏当に受け入れられるでしょうか。感染は誰のせいでもない、にも関わらず、陽性が判明した人にかけられる負荷は、通常の社会とは比較にならないほど大きそうです。

国内にもいろいろな意見がありますが、今回のバッハ会長来日と五輪開催意欲について、海外メディアには懐疑的な報道が見られるように、海外との間にも温度差があります。海外の友人知人とやり取りする中で聞いてみても、「五輪より人命。話題にもなってない。」と言われます。

参加を望まない選手もいるかもしれませんし、途上国の中には、自国内で十分な対策が取れない国もあるでしょう。「参加できる国の参加できる選手が参加する」という形のイレギュラーな五輪になるが、それは仕方がない、ということになるのかもしれません。

■来夏五輪は「人類が新型コロナウイルスに『打ち勝った』証」??

私はこの言葉に、ちょっと違和感を感じます。

①「過去に学び、未来を正しく見通す」という視点で考えると、人類の歴史は、感染症に対峙してきた歴史であり、新興感染症は、今後も繰り返し出現します。であれば、望まぬことであっても、「ウイルスとともに生きていく」という現実を受け入れざるを得ません。「打ち勝たねばならないのだ」と考えると、いろいろツラくなりますし、また人類は、地球の『支配者』ではないので、打ち勝って強者として頂点に立つ、ということではないように思います。

②果たして、世界で来夏までに「収束」するでしょうか?ワクチンは開発の目途が立ちそうではありますが、広く世界中に普及して、安全・安心に開催できるだろう、というのであれば、それは少し楽観に過ぎると思います。

③新型コロナウイルス感染症以外にも、世界の人々は多くの感染症に苦しんでいます。そうしたものには、人類は「打ち勝たなくて」いいのでしょうか?例えば、年間死者数は、結核130万人、HIV/エイズ69万人、マラリア41万人、汚れた水を主原因とする下痢等で命を落とす乳幼児は、年間30万人です。先進国にとっては、新型コロナが眼前の課題ですが、多くの途上国にとっては、たとえ新型コロナに「打ち勝って」も、苦難の道は続くのです。

私は、「グローバルである」ということは、今世界の中で何が起こっているか、それに対して、自分や自国はなにができるのか、世界の中で、自分や自己を相対化して考える視点を持てることだと思うと、常々申し上げています。

「今」や「自分・自国及び価値を同じくする人たち」だけではなく、過去・現在・未来という時間軸を見通し、そして、地理的にも価値観的にも、大きく広げて、見て、考えることが、求められていると思います。

(※)「五輪」はオリンピックのことですので、「東京五輪・パラリンピック」が正式な呼称ですが、便宜上「東京五輪」と記載させていただきます。なお、わたくしは、厚生労働省で障がい福祉に携わり、東京五輪・パラリンピック大臣政務官を務めさせていただき、パラリンピックも、非常に重要と考えております。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

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