豊田真由子、ワクチンの効用とリスクを考える 過去には使用中止になった例も
新型コロナウイルス第3波の拡大が懸念される中、12月2日、改正予防接種法が国会で成立、米国ファイザー社製のmRNAワクチンが英国で承認される等、ワクチンへの期待が高まっています。
■ワクチンは接種すべき?
最近、「新型コロナウイルスのワクチンを接種すべきですか?」と聞かれることが多くあります。これは正直、少々難しい問題です。なぜかというと、それぞれの方が直面している新型コロナウイルス感染のリスクの大きさや、職場・家庭環境等々によって、必要性の程度は変わってきますし、ワクチンを接種することのメリット・デメリットを、どう捉えるかという考え方は、人によって大きく異なるからです。
例えば、医療従事者の方は、新型コロナウイルスの感染リスクが高い環境で日々仕事をされており、また、万が一感染した場合に、免疫が低下していることが多い患者や医療現場を支えている同僚に感染させることの影響が懸念されます。
また、これまでの海外や最近の国内の状況を見ると、高齢者介護施設で亡くなっている方が多いことが分かりますので、介護施設で生活されている高齢者や介護現場で働く方も、接種の必要性は高いと位置付けられます。高齢や基礎疾患を有するなど、ハイリスクの方も同様です。
ハイリスクの方ではない方、無症状・軽症の方でも、深刻な後遺症が出ることが報告されていますので、その点でも、ワクチンによって、感染や重症化を未然に防ぐことができる(100%ではありませんが)とすれば、やはり期待は相当大きいと思います。
ただし、ここで、ワクチンの副反応という、皆さんが懸念される別の問題が出てきます。ウイルスの種類によって、態様や発生頻度は異なりますが、残念ながら、一般的に、どのウイルスのどのワクチンも、接種による副反応のリスクをゼロにすることはできません。個人も社会もメディアも、この限界をきちんと知っていただいたその上で、なぜそれでも、世界中でワクチンの接種が行われているか、ワクチンの大きな効用があるといえるのか、ということをお考えいただくことが必要だと思います。
(※なお、字数の関係もあり、日本がワクチン後進国となった複雑で深刻な歴史的経緯と現状については、またの機会に論じたいと思います。)
新型コロナウイルスのmRNAワクチンについては、例えば、発熱、倦怠感、筋肉痛、関節痛、頭痛等が報告されています。mRNAワクチンが人類に適用されることが初めてである新たな技術であることも踏まえれば、長期的な安全性の検証が求められます。大規模な臨床研究でも分からなかった重大な問題が、市場に出回ってから判明することもあります。例えばデング熱は、ウイルスに複数の型があり、ある型のウイルスに感染して後、2回目に他の型のウイルスに感染したときに、デングショック症候群と呼ばれる重症の状態になり、死亡することがあります。デング熱ワクチンは、一時海外で承認されて使用されたものがありましたが、ワクチン接種者の中からこうした重症のデング患者が発生しやすいことがわかったため、使用中止となりました。
誤解がないようにと思いますが、わたくしは、「副反応がこわいからワクチンを接種しない」という考え方を推奨しているわけではありません。一般的に、ワクチンを接種することで、一定程度、個人の感染を予防する・重症化を防ぐことは確実にできますし、公衆衛生の観点からは、ワクチン接種により地域や国で多くの方が免疫を得ることで、感染拡大を抑えることができます。ワクチンを接種しなかったことで、接種していたならば失われなかった命が失われ、接種していたならば救えたはずの重症化や後遺症が生じます。ワクチンに、大きな効用があることは確かです。
ただ一方で、『副反応が発生する確率は極めて低い』ということそれ自体は、全体を捉えたときには事実だとしても、(過去の他のワクチンで)実際に重篤な副反応と思われる症状で苦しむ方とご家族にお会いして、そうした方々にとっては、それは『100分の100』なのだ、という重い事実を痛感した身としては、(専門家の端くれとして、こうしてコラムを書かせていただきながら恐縮なのですが)容易に答えが出せることではなく、また、今回の改正予防接種法で、国は接種によって健康被害が生じた場合の損害賠償を肩代わりする契約を、製薬会社側と結べるようになるからといって、この問題が解決されるわけではない、と思うのです。
ひとつ言えることは、新型コロナウイルスワクチンについても、将来的に、「副反応が出たじゃないか!〇〇(←国?ワクチンメーカー?自治体?医療機関?等)は、なんてひどいことをしたんだ!!」という一方的な非難の大合唱が起こることは、誰にとっても望ましいことではないということです。(※被害を甘受すべき、という意味ではありません。念のため。)
「ワクチンには避けがたい副反応がある。当時は予測できなかった副反応が将来的に生じることもある。それでも、ワクチンには、個人・社会の感染を防ぐ、死者・重症者を減らすという効用がある。だから、希望する人がワクチンを使用する。」という原則。命を救いたい、苦しむ人を減らしたい、という真剣で切実な思いで、たくさんの人ががんばった結果のひとつが、今回のワクチンの開発であることは間違いありません。
■ワクチンは外交上の重要な外交物資?
中国やロシアが躍起になって開発を進めてきていることからも分かる通り、この危機下において、新型コロナウイルスワクチンは、国際社会における覇権争い、他国への影響力向上等につながっていく面は確かにあります。
ただし、これは外交での経験からの実感ですが、個人であれ国家であれ、モノで相手の歓心を買おうとすること・利害に立脚して構築された関係というのは、真のリスペクトや信頼・協働関係に基づく強固な絆とは、大きく異なります。
安全性の観点から、先進国基準の必要なプロセスを経ずに使用されているロシアのワクチンを、先進国は導入しようとは思いませんし、「ワクチンを持っていること」は、「自由や民主主義といった価値を共有できる、国際社会の様々なルールに従える」といった重要な価値を上回るものでもありません。
自らの覇権のためではなく、世界全体を救うという高邁な精神(きれいごとばかりでないことは承知の上)に立脚して、新興国・途上国を支援する姿勢が求められます。その意味では、新型コロナウイルスワクチンを共同購入する国際的な仕組みであるCOVAXファシリティ(我が国におけるワクチン確保のための一つの手段+国際的に公平なワクチンの普及に向けた貢献)等の取り組みに、引き続き期待します。
■ワクチンができたら「もう大丈夫」?
新型コロナウイルスワクチンが国内で流通するにはまだ時間がかかりますし、そもそも、いろいろな意味で、「ワクチンさえできれば、すべて解決!」とはならないことは、以前から申し上げているとおりです。本年は、季節性インフルエンザの流行が非常に抑えられていることを見ても、皆様が努力して取り組んでいる感染防止対策が、個人としても社会としても、感染症の予防に寄与していることが極めて大きいことが分かります。
低温乾燥の季節を迎え、第3波の拡大が懸念されていますが、一人ひとりが、引き続き感染防止対策を取るとともに、前向きに日常を送ってまいりましょう。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。