新規上場株、なぜ割安に? IPO銘柄アナリストに聞いた…コロナ禍で伝わらない企業の魅力

 2020年の株式相場を振り返ると、日経平均株価の値幅は約1万1000円近くに広がった。3月19日に記録した安値の1万6552円から、12月29日の高値である2万7568円まで66%上昇するという、正直に言って意外な展開だった。日経平均は30年ぶり、バブル期以来の高値になった。そうした株式相場への資金流入を受けて、新規株式公開(IPO)も増加した。特に12月には駆け込み的に26銘柄が新規上場。日経平均2万円回復に沸いた2015年(92社)を上回るIPO銘柄数を記録した。

 株式相場が上がって株式を公開する会社が増加したのに加え、「初値を付けた後に株価が上昇する銘柄が多かったのが今年の特徴」というのは、IPO銘柄アナリストの第一人者として知られる、いちよし証券投資情報部の宇田川克己・銘柄情報課長だ。典型的な銘柄の1つとして宇田川氏が挙げたのはSTIフードホールディングス(STIFHD、証券コード2932)だ。9月25日に新規上場した。初値は公募・売り出し(公開)価格を9%上回る2080円にとどまった。しかし12月に入って同社株は5000円を上回る場面があった。

 IPO銘柄は通常、メディアに取り上げられる頻度なども含めて上場直後が最も注目されやすい。このため、市場で株式が売買できるようになって初めて付ける株価「初値」近辺に売買が集中しがちだ。だから「初値天井」という相場用語もあるほど、多くの銘柄でも初値は高くなる傾向にある。逆にいうと初値を上回って株価の上昇が続くには、よほど会社に魅力が必要というわけだ。ところがSTIFHDの初値(公開価格比9%上昇)は「さえない」部類といえる。にもかかわらず、その後の株価はあっという間に2倍を上回ってしまった。何が起きているのか。

 「上場前の会社説明会が開かれなくなっているからだろう」と宇田川氏はみている。東京証券取引所のホームページに掲載される会社概要によると、STIFHDは「原料素材の調達から製造・販売までを一貫して行う食品製造販売事業」とある。これだけ見ると、たとえばマルハニチロ(1333)などの類似企業かな、と思うだろう。新型コロナウイルスの感染拡大で、業務用の販売が苦戦しているのではないかといった印象だ。しかし上場後にメディアが掲載する社長インタビューなどで、セブンイレブンにサバの塩焼きを卸している会社だと分かる。好調なセブンイレブンの中食強化を受けて、生産能力増強のために株式を公開して資金調達するというわけだ。

 これまでなら取引所から上場承認を受けた後、公開価格を決めるまでに多くは社長が登場して、なぜ株式市場で資金を調達するのか、それが会社の成長にどう寄与していくのかという展望「エクイティ・ストーリー」を披露する場があった。各証券会社の担当アナリストらは個人投資家の窓口として、こうした企業の魅力をリポートなどにまとめていたが、義務的な説明会ではないため「三密回避」のもとに開催がめっきり減った。開催しても、外出を自粛するため在宅勤務のアナリストらがなかなか集まらないといった事情もあるようだ。

 このため公開価格や初値を形成する際、情報不足の個人を中心とした投資家は「会社の中身がよく分からない」と従来よりも慎重姿勢になる。特に新型コロナの影響が大きかった食品関連だと「不人気業種かもしれない」と、なおさらその傾向が出やすいようだ。結果として公開価格や初値は割安な水準で、本当の相場はそれから始まるというわけだ。食品関連ではなかったが、ほかにも8月7日に新規上場したティアンドエス(4055)は2800円の公開価格で、初値は3505円。その後8月26日に2万9260円まで上昇した。8月20日に新規上場したニューラルポケット(4056)も、900円の公開価格で上場3日目に付けた初値が5100円。8月27日には1万850円を付けた。いずれも上場直後に公開価格の10倍を超える水準まで株価が高騰した。

 安く買えて高く売れるなら投資家は嬉しいだろうが、資金調達する側の企業から見れば困ったことだ。今年、株式を公開した会社は本来ならば、もっと多くの資金を市場から調達できたかもしれないからだ。現状は新興企業に成長資金を供給するという、株式市場の機能が低下しているともいえる。放置すれば日本経済の競争力にも影響しかねない課題だ。

 多くのセミナーや記者会見はテレビ会議システムを使った形式に切り替わってきた。上場前の会社説明会も徐々に、オンラインで開催されるケースが出始めているという。ただ宇田川氏が気にするのは、「IPOの会社の場合、企業規模が相対的に小さいこともあり、事業内容だけでなく社長が信頼できるかといった人的要素が注目される傾向が強い」という。「オンラインの説明会で社長の人柄とかやる気とか、会社の雰囲気などがどこまで伝わるのか」。微妙な問題ではあるが、会社が成長していくうえで欠かせない株式上場のあり方をめぐっても、コロナ禍の波紋がおよんでいる。

(経済ジャーナリスト・山本 学)

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