「貰い手がないなら、保健所行きになる」 子猫3匹の運命は?…獣医師に決断を迫られた保護主の心の変化
高知県在住のウッジーさん(@uuu_uj)=20代・男性、会社員=は、2匹の保護猫を飼っている。猫たちのその愛くるしい様子をTwitterに投稿しているが、保護当時、「飼う」か「保健所行き」かの選択を迫れていた。ウッジーさんは結局、心優しい獣医師の一言に背中を押されて「飼う」ことを選択した。
2015年の暑い夏の日だった。友人とバイクに乗って遊びに行く途中、ウッジーさんは友人宅のすぐそばの路上で打ち捨てられていた段ボール箱に目が留まった。気になって、見に行くと段ボールの側には、まだ目も開いてない子猫がいた。猫であることがわかるまで時間がかかかるほど泥で汚れていた。1、2、3…子猫は全部で3匹。
「はじめはハムスターかと思いました。正直手のひらに乗るほどの大きさのその生き物が猫だとわかるまで時間がかかりましたね。それほど泥にまみれていました。鳴き声すらあげられないほど弱っていた。住宅街の路上ではありましたが、わりと車通りが多い道でしてひかれたらまずいと思ったのと、とにもかくにも弱っているのは目に見えているし、なんとか助けねばとしか思いませんでしたね」
とにかく「助けなければ…」という一心で、3匹を子猫を動物病院に運んだ。
「子供の頃から猫が好きで、実家でも飼っていました。しかしその当時は、飼うことができる環境ではなかったため、正直病院に連れて行くまでが自分にできる最大のことと思って、なんとか助からないか、病院まで連れて行ってあげようと思いました」
病院では獣医師から想像していなかった話を聞かされることになる。
「病院では面倒見られない。貰い手がないなら、この子達は保健所行きになる」
そう言われて、保護した3匹の猫に視線を落とした。目の開いてない猫は、昼夜問わず付きっ切りで世話をしなければならず、自分には到底無理な話だった。言葉が出てこないウッジーさんに対して、獣医師はこう言った。
「もし君が飼うのならこの子達がご飯を自分で食べれるくらいまではウチで無償で面倒をみる。その代わり必ず飼うと約束するなら…」
この一言で、ウッジーさんの中で何かが変わった。
「先生のお心に感激し、飼う決心がつきました。子供の時は拾ってくれば(家族に)迷惑がかかる。“放っておけ”が当たり前でした。捨て猫を見つけてもどうすることも出来ず悲しかったけれど、なんとか出来ることをするだけでも救える命があるんだという考え方に変わりました」
3匹のうち、三毛猫のオスはとりわけ体が弱く、1週間ほどで死んだ。亡骸を引き取りに行くと、小さな厚紙の箱に保冷剤が入れられ、小さな体はタオルに包まれていた。ほかに線香と小さなロウソク、小さな花が入れられていた。「このような病院側のお心遣いにも胸を打たれました」と実家の庭の紫陽花のもとに埋葬し、焼香したという。
生き残った2匹はともにメス。2週間が過ぎたころ、病院から電話があり、「もう自分たちでご飯を食べるようになったみたいですからいつ(引き取りに)来られても大丈夫ですよ」と連絡があった。
引き取った後も、子猫の世話は容易ではなかった。いわゆるカリカリと呼ばれるドライフードやウェットフードを食べさせようとしたが、まだ歯も生え揃っていなかったため、猫用ミルクでカリカリをふやかしたり、ウェットフードを溶かしたりして与えた。食欲は旺盛だったものの、上手く食べらず、顔や身体を餌の容器に突っ込んで食べていた。ウッジーさんは毎食後、汚れた身体を拭いた。
白灰色の猫を「シロ」で、茶黒白の猫を「モモ」と名付けた。献身的な世話のおかげで、生き続けることができた。5歳に成長した2匹。「シロは元気ですが、少しプライドが高いです(笑)。モモはおとなしく物静かですが、わりと好戦的な一面があるので油断出来ません(笑)。猫は人間を大きな猫と思っていると聞いたことがありますが、それなら猫の前で自分は猫なんだなと思ったりしています。猫と一緒にいると、楽しいです」と猫との同居生活をエンジョイしている。そして、今では何より動物病院で「飼う」という選択をして良かったと思っている。
また、実際に猫を保護した経験から、ウッジーさんは「今はペット可の賃貸に住んでおりますが、これ以上の保護は現段階では不可能なので、友人や知人が保護した猫や犬はSNS等を活用したり、人づてを当たったり、売り上げを犬猫の保護活動資金に当てられる商品を購入させていただいたりしています」と保護活動にも力を入れている。
(まいどなニュース・佐藤 利幸)