スマホで見る阪神・淡路大震災の取材映像 38時間分をアーカイブ化…朝日放送の取り組みが本に

すごい本が出た。

「スマホで見る阪神淡路大震災~災害映像がつむぐ未来への教訓」(西日本出版社)。これの何がすごいかというと、各ページに印刷されているQRコードにスマートフォンのカメラをかざすと、朝日放送がウェブサイトで一般公開している震災映像の巨大なアーカイブに瞬時にアクセスでき、ニュース用に粗く編集した当時の映像を全て無料で見ることができてしまうのだ。地震発生時のテレビの生放送の様子、倒壊した家屋、街を襲う火災、遺体の捜索、避難所の状況など、震災直後を記録したざらついた映像からは生々しい臨場感と緊迫感が伝わってくる。

1995年1月17日の阪神・淡路大震災から間もなく26年。「400年先に震災の教訓を伝える」という遠大な目標を掲げて黙々と作業を進め、ついに「本」という形で世に問うたのは、長年防災報道に取り組んできた朝日放送の木戸崇之さんである。

■スマホをQRコードにかざすだけ

「例えば…そうですね。ここを見てみましょうか」

木戸さんが本をめくる手を止めたのは、避難所のトイレ事情を紹介するページ。QRコードを読み込むと、汚物があふれたトイレの映像がスマホの画面に現れた。取材スタッフを案内した避難所の男性が「こんなところで用を足せというのは無理でしょう。これが女の子のトイレよ。ボランティアが下の階から順番に掃除してはいるけど、上の階まで手が回らない」とぼやいている。

木戸さんは「災害時はトイレが大変なんだという話は、誰もが一度は聞いたことがあると思うんです。でもこの映像を見たら実感として一発で伝わるでしょう。アーカイブには、このような生きた教訓が山ほど詰まっています」と話す。

■取材映像は「社会の財産」

木戸さんは阪神・淡路の2カ月半後、1995年4月に入社。報道記者として阪神・淡路をはじめ様々な災害現場を取材してきた。2017年には「災害情報のエリア限定強制表示」を国内の放送局で初めて導入。現在は朝の情報番組「おはよう朝日です」で気象情報デスクなどを務めるほか、阪神・淡路の教訓を後世に伝える防災学習施設「人と防災未来センター」(神戸市)のリサーチフェローとしても活動している。

朝日放送に限らず、各放送局には阪神・淡路発生の瞬間から四半世紀にわたって蓄積された膨大な取材映像がある。木戸さんは「それらは放送局の財産であると同時に社会の財産でもあり、還元しなければならない」という信念の下、朝日放送のライブラリーにある映像を公開しようと奔走。2020年1月、ウェブサイト「激動の記録1995 取材映像アーカイブ」で取材映像の一部の一般公開を始めた。

公開対象は、地震が発生した1995年1月17日から、六甲ライナーが全面復旧した8月23日までの約半年間に撮影された映像の「まとめ素材」。時間にして約38時間分にも上る。これを取材日と取材場所に応じて約2000のクリップに分け、Googleマップ上に配した。これだけでもとんでもない“偉業”であり、実際に放送文化基金賞など多くの賞を受けたのだが、「ウェブ空間ではそのうち見向きもされなくなってしまう」と木戸さん。そうならないための布石として、2000クリップのうち357を抜粋し、この本を作ったのだという。「紙媒体にさえしておけば、400年前の古文書のように、遠い未来でも誰かの目に触れる可能性がありますからね」

■災害は伝わらない

「400年前」というのは、慶長伏見地震があった「1596年」を指す。阪神・淡路が起こる前は、関西に住む人の大半は「この辺は大きな地震が起こらない」と油断していたが、実は400年前に伏見城が破壊されるほどの揺れに見舞われており、神戸でも液状化や古墳の崩壊などの被害がもたらされていた。「古文書にはこうした被害の記述があったにもかかわらず、災害は伝わっていなかったんです」と木戸さん。朝日放送の取材映像アーカイブ化の取り組みは、いずれ来る大災害まで、阪神・淡路の教訓をつないでいくためのもの。今後は国立国会図書館の災害アーカイブ「ひなぎく」とも連携し、より確実に残すための“バックアップ”を図っていくという。

毎年1月17日には阪神・淡路のことが各種メディアで報じられるが、テレビのニュース番組などでは当時の映像があまり使われなくなってきている。確かに近年は、阪神高速が横倒しになっている映像や、長田区周辺の大火災をヘリから撮った映像など、“代表的”な数カットで紹介されることが多い。26年前はあまり意識されなかった「肖像権」に対する配慮や放送局による自主規制も、強く影響しているという。

そんな難しい状況にありながら、アーカイブ化した取材映像の公開に踏み切った朝日放送。プロジェクトはSNSなどでも大きな反響を呼んだが、肖像権者から映像の非公開化を求める声は1件も届いていないという。西宮市内で、倒壊したマンションから娘の遺体を搬出した捜索隊に「消防さん、自衛隊さん、皆様方、お友達の皆様方のおかげで戻りました」「ご恩は忘れません。どうも、ありがとうございました。皆々様、ありがとうございました」と涙をこらえながら大きな声で感謝を伝える男性の姿は、今なお見る者の胸を打つ。木戸さんによると、この男性はすでに亡くなっているが、映像を公開する意義を理解した親族が許可してくれたという。

■見落とされがちなエピソードも紹介

本は大きく次の5章で構成。

第1章「大地震発生(1月17日)」

第2章「混乱の中で(1月18~20日)」

第3章「懸命に生きた(1月21~31日)」

第4章「暮らしを取り戻す(2月)」

第5章「再生への動き(3月~)」

各章で取り上げられているトピックは多岐にわたる。「発生の瞬間」「木造住宅が多数倒壊」「高速道路の橋桁落下」といったものから、「震災初日からスーパーに大行列」「初日からおにぎりがたくさんあった淡路島の避難所」「焼け跡で小銭を探す」「『レンズ付フィルム』(いわゆる使い捨てカメラ)で被害を記録」などの今ではあまり取り上げられないエピソードまで。木戸さんは「今の目で映像を見返すと、気づくこともたくさんあるはず。ぜひ細かいところまで見てみてほしい」と話している。

「スマホで見る阪神淡路大震災~災害映像がつむぐ未来への教訓」は西日本出版社から税別1500円で発売中。

(まいどなニュース・黒川 裕生)

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