「有事だから、なし崩し的にやっちゃえ!」は危険 豊田真由子が強制的な私権制限に警鐘

緊急事態宣言発令から2週間、1月21日現在、新規感染者数は漸減傾向ではありますが、死者、重症者、高齢の新規感染者、入院・宿泊療養待機者等は、依然高い水準にあり、引き続いての感染防止策の徹底が求められます。

米国第46代ジョー・バイデン新大統領が就任しました。就任演説で「すべてのアメリカ人のための大統領となり、私を支持した人と同じくらい、私を支持しなかった人のために懸命に戦う」と述べ、結束と国際協調を強調しました。

分断を生み出す白人至上主義や差別・排外排斥主義、自国第一主義などは、歴史的にも非常に根深いものですし、その根底にある経済的・社会的格差などの構造的問題を、どのように解消・改善していけるのか、新大統領は、困難な船出・舵取りを担うことになります。

それでも、「『結束』などと言うのは、ばかげた幻想だと思う人もいることは承知している、されど、アメリカは数々の苦難の歴史を乗り越えてきた、今回も、我々は乗り越えていける」と述べ(トランプ前大統領に投票した7400万人の耳や心に、どれだけ届いたかは疑問ですが…)、真実・正義・希望を語った新大統領に、新型コロナで2400万人の感染者と40万人の死者を出し、暴動や深刻な人種差別に不安が広がる米国民は、一筋の光を見出し、未来を託すことになります。

米CNNの調査によると、バイデン氏が正当に大統領に選出されたと考える人は、民主党支持者の99%、共和党支持者の19%であり、米YouGuvの調査によると1月6日の米連邦議会襲撃事件について、民主党支持者の93%が「民主主義への脅威」と捉える一方で、共和党支持者の50%が「自由を守るためだった」と考えているとのことです。

民主主義は、国民の意思が正当なプロセスで尊重されていることへの信頼に基づいて成り立つものですが、これが当然のことでなくなっていることを示しています。そして、暴動やテロ行為により、己や属するグループの意思を顕示・実現しようとの試みが、一定の正当性を持って受けとめられていることにも、危惧を持たねばならないでしょう。過激思想は欧州などにも広がり、バイデン政権の成否は、世界にも大きな影響を与えます。

「一度獲得した『自由』や『民主主義』は、後退しない」と漠然と考える方が、わが国でも多いのではないでしょうか。実は歴史を見れば、そんなことはちっともなく、自由や人権や民主主義の維持には、公権力の側にも国民の側にも、不断の努力が必要なのです。だからこそ、「法と秩序」によって、人々と社会が制度的に守られるシステムが、極めて重要になります。

例えば、スウェーデンのV-Dem研究所によると、2019年に民主主義国・地域は世界に87、非民主主義は92で、2001年以来初めて、非民主主義が民主主義の勢力を上回りました。非民主主義国・地域に暮らす人は、世界人口の54%と多数派になり、旧ソ連が崩壊した1991年以来の水準に逆戻りしました。2018年にハンガリーやアルバニア、19年にフィリピンなどが非民主主義に逆戻りし、ブラジル、インド、米国、トルコ等、人口・軍事・経済・政治的影響の大きい国でも、独裁下・専制化(autocratization)の傾向が進んでいるとされています。

今国会では、新型コロナウイルス感染拡大を受け、特措法や感染症法等が改正の予定です。感染拡大防止のため、対策に実効性を持たせることが必要、ということは、もちろん理解します。ただ、公権力の行使を巡る苦難の歴史や、法学・法理論の観点からは、多くの問題があり、“有事だから、なし崩し的に、なんでもやっちゃえ!”という考えと、それを許容する流れには、危惧を覚えます。少なくとも、そういう問題がある、ということを、広く知っていただくべきではないかと思います。

そもそも、わたくしは、昨年春の時点で、都道府県知事の外出自粛や休業要請等は、特措法上、本来緊急事態宣言が出されて、初めて行使することができるものであり、緊急事態宣言が出されていない中で、都道府県知事が外出自粛や休業要請を矢継ぎ早に出すことに、疑問を呈してきました。

特措法の逐条解説(法案を作成し、内閣法制局と喧々諤々の議論を経て、国会に提出した各省の担当者たちが、法令の正確な理解と適切な運用のために作成するもの)からも、それは明らかです。

■明確な法律の根拠とそれに基づく厳格な手続き等が必要

法治国家や民主主義の根幹として、移動の自由や経済活動の自由といった憲法上の基本的人権を、公権力が制限するのであれば、公共の福祉との関係での必要性、内容の妥当性、明確な法律の根拠とそれに基づく厳格な手続き等が必要です。

もちろん、社会状況の変化に応じて、法律を変えていくのは必要・有益なことであり、わたくし自身、役所で多くの法律改正作業に携わった経験からもよく分かります。ただし、さまざまな歴史的経緯等を踏まえ、「それはやっちゃいけないよね」とされたことを、復活させることには慎重さが求められます。当初、どういった検討があってそういう規定にされていたのか、どういう歴史を踏まえているのか、そして、公権力は人権制限に対して極めて抑制的でなければならない、といったことを、ないがしろにしてよいはずはないのです。

具体的に考えてみます。

(1)入院勧告や保健所調査の拒否に対して刑事罰(懲役1年以下または罰金100万円・50万円以下)を科すことについて 

身体的拘束やプライバシーの侵害に対して、罰則を持って強制することになります。現行の感染症法は、かつて結核やハンセン病等の患者が強制収容され終生隔離生活を強いられるなど、感染症のまん延防止の名目で、著しい人権侵害が行われてきたことへの深い反省の上に成立したものです。そして、現行の感染症法においては、エボラ出血熱やペストなど、非常に毒性の強いものも含め、入院や調査拒否に対する罰則は存在しません。こうしたことの理由や意味、重みを、どう考えるのでしょうか?

さらに、実効性の観点からは、罰則を伴う強制によって、恐怖や差別を引き起こすことにつながり、却って協力が得られなくなるおそれもあり、刑事罰をおそれて、そもそも検査を受けなかったり、検査結果を隠したりして、対策が困難になる可能性もあります。

(2)時短や休業要請に応じない飲食店の店名公表及び過料(“予防的措置”の段階で30万円以下、緊急事態宣言の発令後は50万円以下)について

要請に応じない施設(※元々の対象は、学校や社会福祉施設、映画館、デパート、ホテルなどに限定されていたが、臨時閣議で政令を改正し、飲食店を追加)の公表については、もともと「(施設の)利用者のため、事前に広く周知を行うことが重要であることから、公表することとしたもの」です。また、施設の使用制限等の要請等の措置は、「罰則による担保等によって強制的に使用を中止させるものでない」とされていました。

施設名を公表することは、今の日本では、SNS等を通じた、いわゆる私刑による制裁を与えることを意味することになり、本来の法の趣旨とは違っています。国がそういったことを奨励し、互いの監視や「自粛警察」等を招くことにもなりかねません。

過料を科すことについては、例えば、スピード違反や脱税という行為に罰金を課すのとは異なり、「倒産や事業継続、雇用の維持ができなくなる可能性がある行為(時短営業や休業)」を、罰則で強制するものであり、財産権等の侵害が公共の福祉との関係でどこまで許容されるか、という問題でもあります。今回は、行政罰とともに、事業者支援の規定(「必要な措置を効果的に講ずるものとする」)を設けることで、バランスを取ることにしたわけですが、いずれにしても、大きな方針転換であり法の趣旨の変更になります。

いずれの条文も、国会に法案が提出される以上、関係省庁と内閣法制局の協議の結果(※今回の法案は、議員立法ではなく、緻密さ・厳格さが要求される閣法です)、様々な規制や罰則について、憲法等との整合性は保たれるとの認識となったわけですが、異論もあると思います。(最終的に判断するのは、違憲立法審査権を有する司法(裁判所)になります。)

いずれにしても、政府には、強制的な私権制限を行うことの妥当性や法的整合性、公平性・実効性の担保方法などについて、懸念を払しょくするに、十分な説明が求められます。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

関連ニュース

ライフ最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング

    話題の写真ランキング

    リアルタイムランキング

    注目トピックス