中国の「ワクチン外交」活発化 途上国に無償提供…米国の存在感見えぬ今、世界への影響力拡大狙う
新型コロナウイルスの感染拡大が世界で猛威を振るい始めて1年が過ぎるなか、やっとワクチン接種が行動に移され始めた。2月3日現在、厚生労働省によると、安全で有効なワクチンが承認され、供給できるようになった場合、2月中旬から医療従事者に開始されるように準備が現在進められているという。そして、高齢者、基礎疾患を有する人などの順に接種が進められる予定だが、高齢者でも早くても4月1日以降になるとみられ、若者の接種までにはまだ数カ月は掛かる感じだ。しかし、世界では既にワクチン接種が進んでいる。
例えば、イスラエルでは1月下旬までに国民の3割にあたる約276万人が接種を完了し、副作用を訴えた市民はわずか0.24%だったという。他にもUAEやバーレーンなどで接種率が高くなっている。一方、被害が寛大な米国では約6%、イギリスでは約11%、フランスでは約2%に留まっている。
また、世界ではワクチン開発や供給を巡る競争が激しくなっている。例えば、新型コロナウイルスの発生源とされる中国は、ワクチンの無償提供などいわゆるワクチン外交を活発化させている。今年に入って、中国の王毅外相はミャンマーとブルネイ、インドネシアとフィリピンの4カ国を歴訪し、中国国営製薬会社シノファームのワクチンを提供支援することなどを約束した。また、セルビアの首都ベオグラードにシノファームのワクチン100万回分が到着し、同国のブチッチ大統領が中国からの要人がいないにも関わらず空港でワクチンを出迎える姿があった。既に、南米のチリやブラジル、エジプトやバーレーン、ヨルダンやUAEなどのアラブ諸国、タイやフィリピン、ベトナムやミャンマーなどのASEAN諸国が中国製ワクチンの導入を決定している。日本では米国や英国のワクチンが注目されているが、欧米諸国のワクチンと比べると安い値段で手に入る中国製ワクチンは発展途上国にとって魅力的であることは間違いない。各国とも早急に手に入れたいことから、ワクチンを巡る競争では中国の存在力が目立つ。
中国が積極的なワクチン外交を展開するには理由がある。1つは、対中不信の払拭である。新型コロナウイルスの感染源が武漢とされることから、習政権には同感染拡大によって各国で高まる対中不信を和らげ、自らの影響力を維持・拡大させたい狙いがある。現在、WHOの調査団が武漢で発生源の調査をしているが、おそらく決定的な証拠などは出てこないだろう。習政権もWHOを受け入れることは受け入れるが、決定的な証拠などは既にベールに隠していることだろう。
また、中国の影響力拡大である。1月20日に米国ではバイデン新政権が発足したが、新型コロナの最大被害国となった米国は、各国へのワクチン供給という部分では中国ほど存在感を見せていない。今後も米中対立が続くが、対立の舞台は政治や安全保障だけでなく、ファーウェイを巡るハイテク産業、サイバーや宇宙など多岐に渡っている。そして、ワクチンもその舞台となっており、習政権はワクチン外交をいっそう進め、アジアや世界における影響力拡大を狙うことだろう。
日本国内に中国製ワクチンが入っていることは今のところないだろうが、ワクチン開発や供給は国際政治にも影響を与えており、この分野でも中国の存在力が強くなってきているのだ。
◆治安太郎(ちあん・たろう) 国際情勢専門家。各国の政治や経済、社会事情に詳しい。各国の防衛、治安当局者と強いパイプを持ち、日々情報交換や情報共有を行い、対外発信として執筆活動を行う。