「ローンは組まぬ!」俳優・奥田瑛二を支える賃貸ポリシー かつては野宿経験も
初主演ドラマ『円盤戦争バンキッド』(1976年)から今年で45年。古希を迎えた現在も、奥田瑛二(70)は俳優として様々な作品でいぶし銀の演技を披露している。
アパートの家賃さえ払えずに、代々木公園で野宿生活をした過去。役者で思ったように喰えず、流浪していた若かりし頃がウソのようだ。神代辰巳監督や熊井啓監督ら名匠との出会いも大きいが、俳優という不安定な職業を長く続けるためのポリシーが奥田にはあるという。
映画『海と毒薬』(1986年)、連続ドラマ『男女7人夏物語』(1986年)、映画『棒の哀しみ』(1994年)など代表作は多い。70代となり、2人の可愛い孫娘に囲まれた幸せを手にしている。それでもなお、俳優業への興味は尽きない。
「幸いにして僕は緒形拳さんや津川雅彦さん、そして三國連太郎さんなど、ある種の求道精神あふれる先輩方と親しくさせていただきました。その背中から学ばせていただいたように、僕自身も俳優という仕事に無限大の志を抱いているつもりです。映画俳優という夢の延長線上にまだ光が指しているのならば、そこに行きたいと思うのは当たり前」といまだ道半ばの心境だ。
■ついに明かされる奥田瑛二のポリシー
長い道のりを歩くのに必要なことは物欲を捨てること、そしてローンを組んで豪邸を建てないことだという。安定の保証されない仕事ゆえに、未来よりもまず、目の前を着実に歩むことが必要。駆け出し時代の野宿暮らしの経験もあって、俳優業に安泰なしと肝に銘じている。
「僕はこれまで何十回と家を買うことを勧められましたが、かたくなに『賃貸でいい!』と絶対に買いませんでした。ローンで豪邸を建てたことでダメになった奴を沢山知っています。賃貸とローンでは精神的な負担が違う。無意識のうちにローンという負担に身も心も縛られる。賃貸だったら、家賃が払えなくなったら安いところに引っ越せばいいだけの話ですからね」。金か夢かわからなくなる暮らしと無縁でいることも、息の長い俳優生活を支える秘訣なのだろう。
2月20日公開の映画『痛くない死に方』では、娘・サクラの夫で俳優の柄本佑と共演。ベテラン在宅医・長野浩平を演じる。相手役は愛娘の婿殿だけに「義理の息子の主演映画ですから、そこでボロボロになるわけにはいきません。僕の演技がもしダメだったら、それこそ『あんた婿さんの作品でなんてことをしてんの!?』と親戚中に言われて取り返しのつかないことになりますから。静かなる気合を持って臨みました」と照れ笑い。流浪していた駆け出し時代がウソのように、奥田瑛二俳優生活45年目は順風満帆のようだ。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)