豊田真由子、「女性活躍推進」がうまくいかないのはなぜ? 変わらない意識・認識・暗黙
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森会長発言が大きな問題になりました。発言を批判し、会長を交代させることだけでは、なんら問題の本質的解決にはなっていない、ということです。我が国に、いまだ深く広く根付いている「ジェンダーギャップ問題」について、その実相と本質、そこに存在する深い溝やバイアス、そして、その解決の方途について、行政・政治・国際社会等でのリアルな経験も踏まえ、数回に分けて、考えてみたいと思います。
(1)そもそも、ジェンダーギャップとは?(2)ジェンダーの考え方は、時代によって変わってくる(3)男性に対するジェンダーバイアスもある(4)日本の『女性活躍推進』が、うまくいかないのはなぜか?(5)どの性の人も、どの世代の人も、どんな環境でも、生きていきやすい社会を~時代は変わってきている。希望は大いにある。このうち今回は(4)の日本の『女性活躍推進』が、うまくいかないのはなぜか?について、考えてみます。
■日本の『女性活躍推進』が、うまくいかないのはなぜか?
前職時に関わっていた『女性活躍推進』は、ときの政権の目玉政策でした。しかし、発想ややり方からか、意図があまり正しく理解されてず、男性にはそもそも共感されず、そして、女性同士の「分断」を深めることにもなり、結果として、国民の中に広い支持を得られていない、また、様々に打ち出される方針も、理念としてはもっともではあるものの、日本の実態に即した実効性を十分に伴っていないため、残念ながら思うような成果が上がっていない、という構造的問題に陥っているのではないか、と考えていました。
「総論(理念)には賛成、各論(具体策)には反対」の典型のようでもありました。
■数値目標の落とし穴
(1)女性同士の分断を生じさせている
『女性活躍推進』でよく出される「指導的地位に女性が占める割合を、少なくとも30%程度に」という目標(なお、指導的地位とは、①議会議員、②法人・団体等における課長相当職以上の者、③専門的・技術的な職業のうち特に専門性が高い職業に従事する者とされています。)ですが、これは「一部の特殊な女性をどう引き立てていくか」ということのように捉えられるおそれがあります(本当はそうではないのですが)。
結果として、女性同士に、「働く人とそれ以外の人」、「働く人の中でも、大企業に勤める人とそうでない人、キャリア志向の人とそうでない人」「都市部に住む人と地方部に住む人」といった形の亀裂をもたらし、広く共感を得られないのではないか、と危惧していました。
実際に、この違和感を地元で話すと、農家や商店の女性たちは、「そうなのよ。自分たちは、何十年も必死でがんばってきたけど、それは『女性活躍』とは見てもらえないの。“ワークライフバランス”なんて言葉が無い頃から、家事も家業も当たり前に両方やってきたのに。」、専業主婦やパートの女性たちは、「自分たちは、価値どころか、存在すら否定されてるような気がする」と言っておられ、「そうなっちゃうよな…」と、やるせない気持ちになりました。
(※)日本の個人事業主を含む中小企業は、企業数で全体の99.7%、従業員数で68.8%(2016年経済センサス活動調査)
専業主婦世帯は、575万世帯(共働き世帯1245万世帯。2019年。労働政策研究・研修機構)
就業する女性のうち、56.4%の方は非正規(15歳以上。役員、自営業者、家族従業者などは含まず。男性は22.3%。2019年。国民生活基礎調査)
新型コロナ禍で、男性も女性も、自営業や非正規雇用などの方々が、一層の苦境に陥っています。
スポットライトを浴びる人たちのことばかりではなく、世の中のいろいろな場所で、ひたむきにがんばる一人ひとりのことを、ちゃんと見て、話を聞いて、しっかりと考えてほしい。地域で、職場で、家で、目立たぬところで、悩み、奮闘しながら、この社会を支えている多くの人たちに、ちゃんと光を当てる、その生きづらさの原因となっている様々な障壁を一つひとつ取り除く、そうしたことを、ちゃんと本気で考え、取り組むようになってはじめて、日本は本当に「多様性を重要と考えている」「女性の活躍を応援している」といえるのではないでしょうか。
(2)数値目標は、手段であって目的ではない。
もちろん、指導的地位に女性を増やすことは意味のあることです。実際の意思決定に女性が参画し、多様な意見が反映されることによって、そして、他の女性の意見も吸い上げやすくなることによって、組織や社会は変わっていきます。だから、まずはそこを増やしていこうというアプローチ自体は、間違っていませんし、マイノリティを“優遇”するアファーマティブ・アクションではなく、バイアスや障壁を取り除いて、能力等をできるだけ正当・公正に評価する、ということであれば、男性側の反発も少ないと予想されます。
ただ、それが最重要事であるかのようになったり、それだけで終わってしまったりしては、本質的な問題の解決にはなりません。本来の目的は「多様性を活かすことにより、組織や社会が発展していくこと」であり、数値目標は、そのための一つの指標、女性の意見を反映させるための手段です。女性管理職の割合を増やしても、それで満足しているだけでは、「組織や社会を発展させること」は難しいといえるでしょう。
■人々の意識、社会の認識、暗黙の常識が、変わっていない
森会長の発言に対し、「同じように思っている人は多いんじゃないの。口にしないだけで。」「あの世代の人は、みんなああでしょう。」という感想(主に男性)が聞かれました。
2018年、私大医学部の入学試験において、女性(と浪人生)に不利な得点調整をしていたことが発覚しました。「医師になっても、女性は当直ができない、結婚・出産したらやめてしまう。だから医学部に入学させるのは、女性より男性の方がいい。」-女性医師のM字カーブ問題は深刻であり、大学側のこの言い分は、言いたいことは分かりますが、共感はできません。これでは、負のスパイラルで、問題の所在や解決の本質を全く解していません。
この件は、我が国のジェンダー問題を考える上で、非常に象徴的で、決して例外的なケースではないと思います。採用で、昇進で、人事評価で、このようなバイアスが全く無いと言い切れる人や組織は、どれだけあるでしょうか。
どんな業種でも、どんな組織でも、どこでも、女性が「働き続けられない環境であること」「継続的に成長していける環境が無いこと」が、本質的な問題なのであって、そこを解決しようという、強い意志と実効的な方策を、それに関わるすべての人たちが、一丸となって実現しようと努めなければ、状況は変わりません。
組織で女性の登用が進まないことに関して、「女性の側に、チャンスを取りに行こうといった昇進意欲が無いから」「女性が望まないから」と言う方がよくいますが、これも、基本的には同じ構図です。「管理職になったら大変」「自分には務まらない」という女性の言葉は、向上心や貢献意志の欠如ではなく、今の典型的管理職のような価値観や働き方はできない、同じようにできなくて迷惑をかけるかもしれないし、自分自身も失敗したり失望されたりしたくない、という思いの表れです。それを取り除くにはどうしたらいいだろう?と真剣に考えれば、「女性の側に原因がある」という発想にはならないはずなのですが…。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。