東日本大震災から10年…人は生きる希望を取り戻せる 映画「ひとりじゃない」が問いかけるもの
東日本大震災で家族を失い、絶望と孤独の中で生きていた壮年の男性が、ふとしたことから出会った旅の少女と心を通わせるうち、前向きに生きる希望を取り戻す姿を描いた映画「ひとりじゃない」の特別上映会が3月11日、大阪市中央公会堂で行われた。東日本大震災から10年が経ち、メディアではしきりに「区切りの年」というワードを見たり聞いたりするが、本当に区切りだろうか。今上映することの意義について、監督らに聞いた。
■作品の背景に流れる「今の日本全体」が抱える問題とは
監督・脚本・編集を手がけた鐘江稔(かねがえみのる)氏はこう語る。
「3.11をテーマにしているから気持ちをそっちへ寄せているが、孤立・孤独死は都会でもあり得る。主人公がおかれているような状況は、全国的にあるのではないでしょうか」
「ひとりじゃない」は2019年に制作された作品だ。それを「今」上映することの意義について、今回の特別上映会を発案した株式会社ビーハイブ代表取締役の三宅伸一氏に聞いた。
「時代が移り変わっていく中で、団塊の世代の方々をはじめかつて日本を支え発展の原動力を担った世代の人たちが『おいてけぼり』にされているような印象をもっていました。2年前この作品に出会ったとき、3.11がテーマになってはいるけれど、そのようなテーマをも含んでいると感じ取ったのです。2021年が東日本大震災から10年目の節目であることと、大阪で鐘江監督のファンを増やして今後の作品づくりも応援したいという想いから、今回の上映会を企画しました」
震災でコミュニティが崩壊し、避難先で新しいコミュニティに入れず孤立してしまうケースは多い。2019年末までに岩手、宮城、福島3県の公営住宅で確認された、いわゆる孤独死は計251人。仮設住宅では243人いる(河北新報調べ)。
■地域住民とプロのスタッフ・俳優が共に制作
「ひとりじゃない」の制作は、宮城県登米市の豊里コミュニティ推進協議会で発案され、地方創生に向けた助成金事業に採択されたことを受けて、同協議会が制作委員会を組織したことから始まった。一般的な映画と違うのは、住民の有志らがプロのスタッフ・俳優と共に制作されたことだ。監督に迎えられ脚本も手がけた鐘江氏は、大阪の毎日放送でドラマ制作の実績がある。
主人公の壮年男性・赤井誠役を演じるのは、劇団シアターOM代表で映画・Vシネマ・商業舞台などで活動する稲森誠。旅の途中で赤井と出会い、心を通わせる伊川美奈子役は、ファッション雑誌「ニコラ」の専属モデルとして活躍する小林涼子が演じたほか、宮城県出身でかつて「青葉城恋唄」をヒットさせた歌手・さとう宗幸が、作品の趣旨に賛同し、医師役で出演している。
制作が進む中で、豊里町の人たちにある種の変化が現れたという。
「孤立や孤独死をなくそうというテーマのもとで被災した人の悲しみを知ろうとしたときに、コミュニケーションのない現場って全く意味がないじゃないですか。そのコミュニケーションの場をどうつくるかが、最初の課題でした。ロケハンをして私の中では『ここで撮ろう』と決めていても、地元で協力してくれている人たちに敢えて『もっと素敵な場所はないですか』とか『みんなで一緒に探してください』というテーマをたくさん与えました。そんな中で凄く感謝されたのが『60歳をすぎて友達ができました』とか『まさか70歳を過ぎて映画にかかわれるなんて思いませんでした』とか、いままでにない喜びを感じていただけたのがよかったと思うんです」(鐘江監督)
■海外では感動のあまり嗚咽する男性客も
この「ひとりじゃない」は、海外でも評価が高い作品だ。制作された2019年、ドイツの国際映像祭「2019 World Media Festival Television &Corporate Media Awards」でSILVER Award(銀賞)を受賞したのをはじめ、ロシア「アムールの秋映画祭・日本シネマデイズ」での上映作品に選ばれたり、アメリカ・ロサンゼルスで開催された 北米最大の日本映画祭「JAPAN CUTS Hollywood Japanese Film Festival」で招待上映されたりしている。
アメリカで上映したときの、こんなエピソードがある。上映が終わって、1人のアメリカ人男性が鐘江監督に近づいてきて、
「津波が思い出まで奪っていったというセリフが、僕の涙の壁を壊した」と嗚咽していた。さらに「人から思い出がなくなるということは、生きていくうえでどれだけ辛いことか。自分に置き換えたときに、そんな悲しい現実を僕は想像できない。日本で被災された方は、そういう思いをしていたんですね」と、目を真っ赤にしていたという。
「ドイツでも同じことをいわれました。このポイントは、感想を求めたら必ず出てきます。ちゃんと観てくれていることが嬉しいです」(鐘江監督)
ちなみに「ひとりじゃない」は、国内では一般社団法人全国地域映像団体協議会が主催する「全映協グランプリ2019 」の地域振興コンテンツ部門で「最優秀賞・経済産業大臣賞」を受賞したほか、「東北映像フェスティバル2019地域振興部門大賞」で入賞している。
尚、3月14日までオンラインで開催されている「JAPAN FILM FESTIVAL Los Angeles」において、東北大震災10周年メモリアル上映にも選ばれた。
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鐘江監督は今、福島を舞台にした「君の声が聞こえた日」の制作を進めている。
放射能汚染で自宅へ帰れなくなった女の子の家族や、津波で家族を失った高校生ら被災された人たちのお話を聞き、撮り続けたドキュメンタリーだ。
完成予定がいつなのか、明確なゴールは設定していないと監督はいう。
「福島の人たちにとって10年目は通過点にすぎない。ただ僕らは、せめて節目だけでも、今日のような上映会を開いて観ていただくことが大事だと思う。節目の10年のうちに、一度は皆さんに観て感じてもらえる形にしたいと思っています」
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)