ビッグイシュー代表は「ノマドランド」をどう見たか アカデミー賞大本命、家を持たない米国の“新たな貧困層”の物語

第93回アカデミー賞で作品賞や監督賞(クロエ・ジャオ)、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)など6部門にノミネートされ、大本命と目されている話題の映画「ノマドランド」が、日本では3月26日からいよいよ劇場公開されます。住む家を失い、キャンピングカーで生活しながらAmazonの巨大倉庫など季節労働の現場を渡り歩く現代アメリカ版のノマド(遊牧民)たちを描いたロードムービー。主人公が自身を「ホームレスではなく、ハウスレスだ」と定義し、大自然の中で誇り高く生きる姿が印象的なこの作品。長年ホームレス問題に取り組む「ビッグイシュー日本」共同代表の佐野章二さんはどう見たのでしょうか。ビッグイシューを取り巻く近年の状況などと併せて話を伺いました。

「ノマドランド」はジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」が原作。2000年代のアメリカに出現した知られざる“新たな貧困層”を取材し、国内外で様々な反響を呼びました。映画は2月末に発表された第78回ゴールデン・グローブ賞で作品賞(ドラマ)と監督賞を受賞。4月26日に行われるアカデミー賞の授賞式を前に、こちらも大きな注目を集めています。

■「自らの生き方を選ぶ」ノマドの姿に感銘

「日本でも車上生活を送る人はいますが、『ノマドランド』のそれとは似て非なるものだと思います。日本では路上生活の延長にある“強いられたもの”という側面が強いのに対して、映画に登場するノマドたちは、自ら望んでそういう生き方を選んでいるように感じられました。『ホームレスではなく、ハウスレス』という言葉も、プライドの表れでしょう」

「アメリカの開拓者精神とでもいうのか、伝統的な自然文化や精神文化の豊かさ、そして『生きる』ことに対する覚悟のようなものが伝わってくる映画でした。日本のホームレスが抱える『行き場のなさ』とは異なり、スケールの大きな空間の“余地”、生き方の幅広さも印象に残りました。映像は美しく、脚本も見事。素晴らしい作品だと思います」

■2年前から活動終了を考えていたビッグイシュー

ホームレス自身が雑誌の販売員となり、街角で手売りした売り上げを収入とするビッグイシューの自立支援の取り組みが日本で始まって、早18年が経とうとしています。創刊時は「100%失敗する」とまで言われたそうですが、活字離れ、出版不況が慢性化する中、地道な活動を重ねて知名度を広げ、ホームレスの人たちに仕事と13億円以上の収入を提供(2019年9月時点)するなど、一定の成果を上げてきました。

一方で創刊当時の2003年には全国に約2万5000人いた路上生活者も、2020年には4000人を割り込むまでに減少(厚労省調べ)。それに伴って販売員も減り、近年は雑誌の売り上げが伸び悩んでいるそうです。「ある課題を解決すると、支援に取り組む団体の役割が終わり運営が苦しくなる。社会的活動が宿命的に抱えるジレンマですね。ビッグイシューも2020年3月末時点で赤字が3000万円まで膨らんでしまいました」

■ビッグイシューはコロナ禍とどう向き合ったか

「ある程度の結果を出した時点でスッパリやめるのもひとつの考え方」と話す佐野さんは、実は2年ほど前から活動を終えることを検討していたといいます。

しかし活動終了を視野に入れた読者アンケートでは「間口を広げて新しいことに挑戦するべきだ」との意見が大勢を占めます。こうした声に押され、2020年4月に雑誌の価格を350円から450円に値上げ。体制を整えて継続に舵を切ろうとしたまさにそのタイミングで、政府が新型コロナウイルス感染拡大防止のために緊急事態宣言を発令。街から人がいなくなってしまいました。

「正直、あのときは『終わった…』と頭を抱えました」と佐野さん。それでもスタッフは諦めません。若手を中心に「手売りができないなら通販をしよう」という声が上がり、4-6月の3カ月限定で緊急通販を実施してみることに。すると予想を大きく上回る9000人もの人たちから購読申し込みが殺到したのです。佐野さんは「これで息を吹き返しました」と嬉しそうに振り返ります。

以降、街頭での販売と平行して3カ月ごとの「緊急通販」を続け、2021年3月現在は第5次を受付中。販売員にも毎月2万円~5万円の現金給付や、暑さ対策グッズ提供などとして、利益を還元することができているといいます。

■緊急通販で危機を脱出、活動継続に光

雑誌の値上げ、コロナ禍の緊急通販など、活動が大きな岐路に立たされた2020年を経て、ビッグイシューは今、力強く前を向いています。雑誌の販売だけではなく、別途NPO法人を立ち上げ、ホームレスをサポートするスポーツ・文化活動や、期間限定で入居できる「ステップハウス」の運営などにも尽力。「幸か不幸か、コロナ禍で足元を見つめ直したことが次の展開への足掛かりになりました」と佐野さんは話します。

「紙媒体にはなかなか厳しい時代ですが、情報の質には自信を持っています。今後も息の長い活動にしていくため、驚きに満ちた、読者参加型の楽しい雑誌づくりに邁進していきます」

そんな佐野さんも感銘を受けた映画「ノマドランド」は3月26日(金)から全国公開。

(まいどなニュース・黒川 裕生)

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