豊田真由子が考察 「メーガン妃問題」が改めてあらわにした世界の分断<後編>
メーガン妃とハリー王子の一連の行動、特に先日のインタビューと、それに対する英米国内の反応を見て感じたことは、(妃の言っていることが真実であるかどうかに関わらず)、これは「王室に馴染めなかったひとりの妃と王室の溝」という話にとどまらず、今もこの世界に厳然と存在し、多くの人々に関わる様々な『深い溝』とその難しさを、改めてあらわにしたのではないか、ということです。「王族の果たすべき責務」「人種差別問題」について考察した前編に続き、今回はその後編になります。
■階級社会
現在の英国には、基本的に制度や法律としての階級制度は定められていませんが、しかし依然として、国民の生活や意識の中に「階級社会」というものが、厳然と存在しています。教育による階層移動が小さく、学校、職業、アクセントの違いなどの話し言葉、生活様式、愛好する新聞やスポーツ等の娯楽の種類などにも、階級の違いが反映されていると言われます。階級は、単なる経済的な観点からの人の分類ではなく、人生や日々の生活のあらゆる領域において人を区別するものであり続けています。濃淡はあれ、他の多くのヨーロッパ諸国でも同様です。そういったことが適切かどうかは別として、それが現実です。
一方、米国では、建前であっても「人間は、生まれながらに、皆平等」と教えられますので、王族・貴族制度を持たない米国で生まれ育ったメーガン妃は、生まれながらの王族・貴族や、階級制度が存在する欧州の価値観や社会システムに、違和感を感じたのだろうと思います。(「王室に嫁ぐんだから理解しようよ」というのはあるとしても…。)
されどまた一方で、英王室がメーガン妃を受け入れたのは、時代の変化・相当の変革であり、寛容さの表れともいえると思います。
例えば、過去を見れば、エリザベス女王の伯父であるエドワード8世は、離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソン氏との結婚が許されなかったため、王位を捨てました(1936年)。
そして、現在でも、ヨーロッパ各国の王室に嫁いだ民間出身の妃は、外国人や離婚経験者である場合はなおのこと、王族や世論の猛反対にあったりしながらも、苦労しながら懸命に努力することで、王室や国民に受け入れられてきています。
例えば、スペインのレティシア王妃(離婚経験有)、オランダのマキシマ王妃(アルゼンチン出身、実父が独裁政権の大臣)、ノルウェーのメッテ=マリット王太子妃(シングルマザー、麻薬歴有)、スウェーデンのシルヴィア王妃(ドイツ出身、実父がナチス党員)、デンマークのメアリー皇太子妃(オーストラリア出身)、ルクセンブルクのマリア・テレサ大公妃(キューバ出身)等、それぞれに、苦悩があり、努力があり、そして、国民に受け入れられた今があることが分かります。
つまり、メーガン妃に苦労があったとしても、それは決して、メーガン妃だけに不当に課されたもの、というわけではなく、王室に嫁ぐ多くの女性が同じように味わったものだったということはいえると思います。(もちろん、だからといって、当然にすべき苦労だと言っているわけではありません。)
むしろ、エリザベス女王のメーガン妃への様々な気遣い等を見ても、ダイアナ妃の苦い経験も踏まえ、女王は、異国から嫁いできたメーガン妃がつらい気持ちを味わわずに済むようにと、心を砕いてこられていたように見えます。
■旧宗主国と旧植民地
アメリカは、イギリスから独立しました(1776年独立宣言、アメリカ独立戦争は、1783年パリ条約で終結)。
メーガン妃が英王室に迎えられたということは、米国民にとって「(旧宗主国の」英国の伝統と格式の象徴である王室に、(旧植民地の)米国民であり、かつ、黒人にルーツを持つ女性が受け入れられた」ということであり、画期的で大きな意味を持つものだったのだと思います。だからこそ、メーガン妃が、(客観的真実であるかどうかは別としても)、英国で「冷遇された」「人種差別的な扱いを受けた」、そして、それにより王室を去らざるを得なかった、ということは、もともとの期待や喜びが大きかっただけに、より一層の失望をもたらしたのではないかと思います。「結局のところ、どうせ私たちのことを見下しているんでしょ。」ということになり、今回の件が、米国の国民感情にもたらした傷は、実はかなり大きいものがあるように思います。
そういう意味では、偏向的な米メディアの報道と一部著名人の過剰な反応は、実は、そのこと自体が、米国と米国民にとって、大きなマイナスをもたらしている面もあるのではないかと思います。
この不条理な世界に解決を、と考えるとき、こうしたさまざまな溝のあまりの深さに茫然とするわけですが、少しずつではありますが、世界は変わってきています(後退もしながらですが)。
あきらめてはいけない。そう思います。
【注記】「黒人」という呼称は差別的なのではないかという議論がありますが、本稿においては、論点を明確にし分かりやすくすることと、近年の米国では、「黒人(Black)」という言葉を、奴隷制度以来不条理な人種差別という苦難を乗り越えようと、闘ってきた人々へのリスペクトを含意する言葉として使われることが多くあることなども踏まえ、「黒人」を使用しています。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。