収入ゼロ…絶望のコロナ禍1年、ライブハウスは今 3回目の緊急事態宣言に「もう一喜一憂しない」 新事業に思わぬ活路も
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、最初の緊急事態宣言が出されてから1年。国内の感染者がじわりじわりと増えつつあった当時、クラスターの発生場所として最初に名指しされたのが「ライブハウス」だった。ニュースなどで取り上げられる機会は減ったが、ライブハウスは一般的な飲食店などと同様、今も変わらず時短営業や収容人数の制限を強いられ、出口の見えない日々が続く。昨春、映像の配信事業にいち早く乗り出し、新しい分野で試行錯誤を重ねてきた神戸のライブハウス「神戸VARIT.」代表の南出渉さんに、コロナ禍の1年を振り返ってもらった。
◇2020年春、コロナ禍に突入
公演のキャンセルが出始めたのは、2020年2月末頃から。…絶望しました。でも下を向いていても仕方がないので、3月には神戸のライブハウス3店(チキンジョージ、太陽と虎、アートハウス)に声を掛け、同じく地元の映像会社「CINEMA-EYE」の多大な助けも得ながら、地元ゆかりのアーティストたちが出演する無観客ライブの配信イベントを企画したんです。当初は4月に開催する予定でしたが、緊急事態宣言で延期。2カ月後の6月、事前収録したライブ映像を配信する形で実現できました。ただその間、ライブハウスとしての売り上げはほぼゼロです。
映像・配信機材は、商工会議所の補助金やミュージッククロスエイドという音楽事業者の支援基金を活用して揃えていきました。全部で200万円くらい。撮影から配信まで、全てうちのスタッフだけでも行うことができるようになりました。
◇夏、キャパ制限で営業再開
緊急事態宣言を経て、VARIT.は7月から本格的に営業を再開しましたが、収容人数を制限しなければならず、チケット代からの収益はかなり厳しい状態でした。アーティストの全国ツアーもなくなり、「ライブハウスはしばらく元に戻らない」と実感したのがこの頃です。
一方で、ライブハウスを主戦場としてきた、小回りの利く親しいバンドなどには積極的に声を掛けてライブをしてもらいました。採算は度外視。店の収益というよりは「アーティストや裏方スタッフのために仕事を作りたい」という一心でした。
公演の本数、キャパ制限などでライブハウスとしては非常に苦しかったんですが、再開後は通常のライブでも映像を配信するようになりました。お客さんが入れないんならこうするしかない、という僕としては自然な発想。イベンターさんにもVARIT.のこうした考え方や取り組みを知っていただく時期だったように思います。
◇秋、配信チケットが売れなくなる
秋以降は有名アーティストのライブ配信が一気に増えたことも影響してか、VARIT.の配信チケットがなかなか売れなくなりました。新しいことをしているというやりがいや手応えはありましたが、どれくらい視聴されているかというと正直かなりしんどい。
夏はまだ物珍しさや「支援しよう」という音楽ファンの気持ちが強く、6月のイベントは1200枚くらい売れましたが、今だと10枚くらいかな…。それくらい売れません。価格設定も難しくて、売れる枚数が少なくなれば、どうしても料金を高くしたくなる。そういうことで散々悩まされました。
◇冬、映像の仕事がどんどん増える(ライブハウスの売り上げは壊滅的)
秋から冬にかけては、少し風向きが変わります。CINEMA-EYEの提案やお誘いもあり、ライブハウスという枠組みを飛び越えて、映像関係の仕事が入るようになりました。今まで縁のなかったイベントや学校行事、オンライン講演などの配信の依頼が増えてきたんです。
その半面、ライブハウスの売り上げはいよいよ壊滅的に。12月は気合を入れてほぼ毎日稼働したのに、全然売り上げにつながらないのでスタッフも疲弊してしまいました。
だから今年1月から社内の組織図を見直しました。ライブハウスのスタッフを映像チームに振り分け、映像・配信事業の売り上げでライブハウスを支える体制に変えたんです。幸い、2月、3月は非常に上手くいきました。あちこちに営業をかけて、配信のニーズっていろんなところにあるんだと気づかされました。オンライン会議の配信では、職業柄、音が全部真ん中から聞こえるのが気持ち悪いので、左右に振ったりしています(笑)。どうすれば聞こえやすくなるか、ライブハウス的な感覚を持ち込むのが面白いですね。拍手の大きさなんかもすごく考えて調整するんですよ。
◇「ライブハウス」としての現状と見通し
VARIT.のライブハウスとしての現状は、オールスタンディングで定員350人のところを100人に制限して営業しています。VARIT.は飲食店として登録しているので、今は「まん延防止等重点措置」でアルコール類の提供は19時まで。20時には店を閉めないといけないので、平日に公演するのは現実的ではないですね。21時と20時では全然違います。残念ながら、中止せざるを得なかった公演もあります。
時短の協力金は「どうなっているのかわからない」というのが実情です。今年の第1期(2月7日まで)の分は申請済みですが、まだ振り込まれていません。第2期(2月28日まで)も申請の準備はしていますし、4月以降のまん延防止等重点措置も協力金は出るはずですが、県の窓口に「本当に出るのか」と問い合わせても、明確な回答がない。わからないまま時短を続けていても…という思いはある一方、感染者数を抑えるためには仕方がないのかなと。それに関しては、あまり僕らがやいやい言っても仕方がないような気がしています。
実は今年の春以降、ブッキングは割と順調だったんですよ。体制を見直し、考え方を切り替えて、面白いイベントをやろうとスタッフも燃えていました。そこに、まん延防止等重点措置が直撃。せめて土日は頑張ろうと思っていますが、月に8日しかないわけですから。ライブハウスを維持していくのは本当に難しいですね。
■3回目の緊急事態宣言を前に思うことは
急速な感染拡大に伴い、兵庫県ではまた緊急事態宣言が発令されそうです。でも、そのことでいちいち一喜一憂するのはもうさすがにしんどい。この1年で、自分たちにできることが見えてきましたし、自信も持っています。コロナのおかげで、異業種の人たちとつながりもできました。粛々と、やれることをやるだけです。
補助金も、仕組みをきちんと調べればそれを使って仕事を生み出せることがわかりました。自分のところだけが儲けるのではなく、「地域に仕事を作っていく」という考え方が大事ですね。コロナ禍以前は、チケットの売り上げでどう回していくかということが第一で、補助金について考えたことはありませんでしたが、「行政の支援を受けながら地域の文化をつなげていく」という感覚はすごく新鮮でした。
2021年4月現在、VARIT.というハコは週の大半使われていません。もったいないし、苦しいですよ。家賃もありますからね。ただ、僕らがサボッているわけではなく、世の中がこういう状況なので、仕方がないものは仕方がない。大家さんもそこは理解してくださっています。
ライブはできていませんが、若いミュージシャンのレコーディングや撮影、配信は続けています。そういう意味では“ライブハウスの役割”は今も全然潰れていないと感じます。時間をかけていい音楽を作り、正々堂々と世の中に届ける。この根本の部分は、コロナ禍の前よりむしろまともになったかもしれません。
VARIT.としては、今はとりあえず耐えるしかありません。映像事業で売り上げを確保して、何としてでもハコを維持する。2022年5月からは、コロナ禍で抱えた借金の返済が始まります。今年はとにかく、アイデアを出し合い、妥協せずに仕事に取り組む。そして来年以降につながるような年にしようとスタッフ全員で話しています。この経験は絶対にいつかプラスになると信じて、これからも神戸から面白いことをどんどん発信していけたらいいなと思っています。
(まいどなニュース・黒川 裕生)