切ない思いを伝えたい!映画「夏の光、夏の音」たとえ目が見えなくても耳が聞こえなくても

 目が見えない女性と、耳が聞こえない男性のひと夏の淡い恋を描いた映画「夏の光、夏の音」(110分)が5月29日から大阪・十三シアターセブンで公開される。障害者に寄り添い、そのかたわらにある日常を描きながら人間の可能性を問い掛けるファンタジー。神戸、明石、三田を舞台に展開する2人の恋の行方は果たして? インドの映画祭で最優秀作品賞を受賞するなど、国際的に評価されている実力派の八十川勝監督(50)が伝えたかったものを聞いた。

 待ちに待った公開となる。障害者の日常や恋愛、青春をすくいとった映画「夏の光、夏の音」は2019年にクランクアップ。コロナ禍により、3度も上映が延び延びとなった。

--ズバリ、この作品に込めた思いは?

 視覚障害者の映画を撮りたいと思い続けていました。そもそも作品が少なく、扱っていても当事者よりも健常者からの目線の作品がほとんど。目が見えない超人や、目が見えない設定でのサスペンスなどはありましたが、自分の中ではずっと違和感を覚えていました。障害者の日常をとらえた作品を描きたい。構想としては20年近く前からありました。

 今回、映画化するにあたって、全盲や聴覚障害の友達ら多くの当事者の声を聞き、また神戸や筑波にある視覚障害者の学校を訪ね、数年間にわたる徹底したリサーチを行いました。

 映画は神戸、明石、三田の美しい夏の風景を舞台に、視覚障害の女性と聴覚障害の男性との瑞々しい恋を描いている。「見えない人」と「聞こえない人」がどのようにしてコミュニケーションをはかっていくのかも見どころのひとつだ。

--苦労した点はどのあたりですか?

 聴覚障害者の場合は手話という映像にしやすいコミュニケーションツールがあるため、映画やドラマにもなっていますが、視覚障害者の思いを映像で伝えるのは難しい側面もありました。そこは映画を観ていただければ、と思いますが、健常者が想像する以上に障害者の能力は高いです。目が見えなくて、耳が聞こえないなら恋愛は成り立たないと多くの人は思うかもしれませんが、その考えは健常者の考えうる想像力の狭さです。

 例えば、盲学校での授業風景をのぞくと数学の授業では、ヒモを使って円グラフを表現し、円というものを触って感じ取っていました。晴眼者にはない感覚で物事を理解する、ある意味、光のない世界に住む住人の能力です。また、耳が聞こえない人は音楽に興味がないと思うかもしれませんが、振動を感じてダンスをするなど健常者とは違う音楽の楽しみ方があるのです。

 主人公の1人、喫茶店で働く全盲の女性・麻衣を演じた北原夕さんは「見えない」感覚をつかむため、白杖をついて実生活を送り、役作りにいかしたという。一方、ろう者の青年・健太郎を演じたKAZUKIさんは実際に耳が聞こえないが、手話歌パフォーマーとして全国的に活躍している。

--そもそも映画の世界に入るきっかけは?

 生まれは愛知県。その後、大阪で高校生活を過ごし、大学は甲南大理学部でした。コンピューターグラフィックの映像プロダクションに就職したんですが、将来は映画にかかわりたいと思っていたからです。中学校の時の卒業文集には「映画監督になる」と書いているように私にとっては映画が青春そのものでした。

--当時観た映画や影響を受けた作品は?

 それこそ「スターウォーズ」「バックトゥザフューチャー」「E.T.」といったハリウッド作品。「ガンダム」「宇宙戦艦ヤマト」など前の日から映画館の入り口に並んで観ていましたね。「13日の金曜日」「ザ・フライ」といったホラーものもよく観ました。あと、この業界に入ってからは岩井俊二監督「花とアリス」なども影響を受けました。

--初期のころはホラーが多いようですが、転換期があったのですか?

 最初に世に出た作品が2009年「ゾンビチャイルド」でその名の通りホラーもの。しかし、自分の中では大きな変化はなく、一歩一歩進んでいる感じです。撮りたいと思うものを撮ってきた、という感覚。2013年に「ひよこカラー」という青春映画を撮り、その後、障害者をテーマに撮るという方向性が定まったように思います。振り返ると、そこには私自身の原体験があったかもしれませんね。

--といいますと。

 父(一三さん)は8ミリで撮影するのが好きな人でしたが、私が生まれたときから左腕がない障害者でした。事故だったようですが、ないことに私が気付いたのは、それなりに物心ついてからで、父の左腕がないことは当たり前の日常であったこともあり、障害者と思ったことは全くなかった。そういった環境で育ったことは他の人とは違う点でしょう。

 障害者も日常を過ごしており、そのものを伝えることが新鮮ではないかと思うに至った。だから重いもの、こってりしたものを描く必要などなく、日常の隣にあるファンタジーを描こうとしています。

--カンヌ国際映画祭でも高い評価を得たとのことですが。

 「歌声を聴いてほしくて」など3作品を出展し上映されました。この作品は今回の「夏の光、夏の音」の元ネタになったもの。その他にもインドの国際映画祭で最優秀作品賞の受賞をはじめ、各国で評価していただいた作品もあり、感謝しています。

--今後については。

 障害者の平凡な日常を描くことで、健常者の想像の範ちゅうの外側にある彼ら、彼女たちの可能性を表現できれば、と思っています。様々な人々に寄り添いながら地元の兵庫から希望のある作品を発信していきたい。7月には夕張国際映画祭に出展する予定です。その前に「夏の光、夏の音」を、ご覧いただければ幸いです。

 切ない思いは届くのか。大阪十三シアターセブン(阪急十三駅西改札口)でとくと見届けたい。

◆八十川勝(やそかわ・まさる)1970年11月15日生まれ。愛知県生まれ、兵庫県在住。映画監督、俳優。甲南大理学部卒業後、映像プロダクション勤務、その後、専門学校講師、大学非常勤講師などを経て2007年に「垂水映画劇団」を立ち上げる。

 主な作品は「ゾンビチャイルド」(2009)「鬼子母神の子守唄」(2012)「ひよこカラー」(2013年)など。また「どんぐりコーヒーのおいしい煎れ方」「歌声を聴いてほしくて」がカンヌ国際映画祭で高い評価を受けるなど、国内外での受賞歴多数。2017年には明石市からの依頼を受け、明石ショートムービーコンペティションの審査委員長を務める。

(まいどなニュース特約・山本 智行)

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