営業継続から一転、東京の演芸場がついに休業 「娯楽は本当に不要不急なのか?」寄席芸人たちの心境

365日開いているからこそ、ふらりと立ち寄れるのが魅力の演芸場。緊急事態宣言の発出後も営業を続け、各所で物議を醸していました。しかし、国からの2度目の要請により落語協会・落語芸術協会・東京寄席組合、そして演芸場を所有する永谷商事が協議。ついに5月1日からの休業が決定しました。これにより寄席に出演していた落語家を始め芸人は、仕事の機会を失ってしまうことに。この事態を受け、寄席芸人は何を感じているのでしょうか。現在の心境を4人の寄席芸人に語っていただきました。受け入れている方そうでない方とまちまちです。

■演芸場休業が寄席芸人に大きなダメージを与える理由

休業は11日まで。はたから見ると「たかだか11日間」と思われるでしょうが、演芸場休業はとてつもない大きなダメージを寄席芸人に与えます。

それは、いわゆる「寄席基準」があるからです。これが地方公演の開催や中止の基準になっています。明言化された基準ではなく、全国の興行主が「東京の寄席が開催していれば、地方公演も開催して大丈夫」だと感じているもの。

これにより東京の寄席が開いている間は地方公演もあり、寄席芸人に仕事が入ってきます。それがいったん東京の寄席が休業をしてしまうと、地方の公演も一斉に中止に。それが例え3か月後の公演であったとしても、東京の寄席が再開しない限り中止か延期になることが多いのです。それが無難だから。振替日が決まっているなら良いのですが、未定のままの公演も少なくありません。

実のところ、寄席の出演は寄席芸人の大きな収入源ではありません。しかし、地方公演は大きな収入源。

ですから、「たかだか11日間」ではありません。少なくとも数カ月先までの収入が断たれてしまうことになるのです。

■真打披露興行が延期に~笑福亭羽光師匠

お笑い芸人や漫画原作者を挫折し、34歳という年齢で笑福亭鶴光師匠に入門した笑福亭羽光師匠。苦難を乗り越え、昨年NHK新人落語大賞を48歳で受賞されました。そして、満を持して今年の5月1日に真打昇進を果たします。その披露興行を心待ちにしていた最中、演芸場休業です。心境をうかがいました。

--5月1日から始まるはずだった真打披露興行は、どうなるのでしょうか?

羽光師:私の真打披露興行は、6月の中席からにスライドとなりました。ご購入いただいたチケットはそのまま使えますので、ぜひお越しください。休業はある程度予測していましたし、特別な感情はありません。

--いわば「お上から」強制的に休業を要請されたわけですが、生活の方は大丈夫でしょうか?

羽光師:昨年、保障をいただいたので細々と生活はできています。真打昇進のご祝儀をくださる方もいらっしゃったので、それを切り崩せばなんとかなるかと。

--当初、休業をしないと宣言をされた際、どうお感じになられましたか?

羽光師:応援してくださる方が多く、嬉しく思いました。私は4月28日に上野広小路亭で出番だったのですが、満席になりビックリです。

--寄席が休業する間は何をされますか?

羽光師:新作落語を作るか、読書をしていると思います。普段から外出をしないので、大人しくしているのは普段通りです。

--応援してくださっている方や気にかけてくださっている方へ、メッセージをお願いします。

羽光師:この判断が正しいかは、現時点では分かりません。それでも基本的に芸人は身分が低いものだと感じていますので、今はみなさんの健康を第一に考えていきたいです。哀れだとお感じになられたら、恵んでください(笑)。

■真打披露のために休業は逆に良かったかも~春風亭伝枝師匠

春風亭伝枝師匠の真打披露興行があった2010年は、リーマンショックの余韻が残る社会不安に包まれていた時代でした。加えて、尖閣諸島で中国船が激突する事件もあり、国境付近がきな臭くなっていた年でもあります。それでも、真打披露興行を楽しまれたのだそう。そして今、あのころよりもより社会不安が高まる時代に。後輩の真打披露興行が延期になるという報を受け、春風亭伝枝師匠は何を考えておられるでしょうか。

--演芸場が休業となり、今どう感じられておられますか?

伝枝師:逆に良かったんじゃないかと思います。真打披露が無観客なんて可哀そうだし、仕切り直してちゃんとお客さんを入れられた方が良い。個人的には、逆境の時の出演はワクワクするから続けてもらいたかったですね。

--でも、一度は休業要請を跳ねのけたのに…。

伝枝師:話題になって良かったですよ。寄席が毎日やってるなんて、知らない人が多いからね。ただ、世間の風潮には思うところがあります。「要請」は強制じゃないから、それを呑む呑まないの選択は認められても良いのでは。そもそも文句を言っていた人は、どうせ寄席に来ない人ですよ(笑)。

--無観客や配信でという意見もありますが、こちらについてどうお考えですか?

伝枝師:寄席を無観客でやっても仕方がありません。配信の良いところはあるものの、やっぱり生じゃなきゃ。演芸は客席との対話、高座と客席の一体感を楽しむもの。だから、場所やお客さんによって変わってくる。これが面白味の一つです。

--寄席ファンに向けてメッセージをお願いします。

伝枝師:ガッカリしたり暗くなったりするのは、コロナに負けている証拠です。こんな状況で色々とやりにくいですが、コロナに負けず頑張りましょう。寄席が再開したら、お気を付けてお越しください。

■演芸に何ができるかを一緒に考えてほしい~マグナム小林先生

バイオリン漫談家として活動をされておられるマグナム小林先生は、家に帰ると小学生の娘さんたちの良いお父さん。コロナ禍以前は一家の大黒柱として家族から頼られる存在でした。それが今、経済的に妻へ頼らざるを得ない状態に。家族がいるからこそコロナ禍も耐えられる反面、家族のことが心の負担にもなっておられるのだそう。悲痛な芸人の本音をうかがいました。

--大変な事態にも関わらず、SNS等を見ても寄席芸人から悲痛な声はあまり聞こえてきませんね。

マグナム師:芸人がすごいのは、つらいということを表に出さない点です。出しても引かれるだけで、メリットがないということもありますが。つらいことを出さないから、突然いなくなることもありえます。

--仕事がないことで、社会から求められないと感じる寄席芸人が少なからずいると聞いています。疎外感や孤独を覚え、収入もないことから生活苦…もしかして、命を絶つ方が出るのでしょうか?

マグナム師:そこまでいかなくても、他に仕事を持って活動をしなくなる人は増えています。特にまだ他の仕事もある20代30代は。私のような50歳前後になると他の仕事などなく、芸の世界で生きるしかありません。ただ、他の仕事がメインになってしまうと、芸人が芸人であることをあきらめることにつながります。これにより、自分に失望してしまうことも恐れています。

--寄席芸人が生活に困ると分かっていても、「休業しないとはけしからん」と言う方について、どうお感じですか?

マグナム師:コロナで生活に困窮していない人たちは、僕たちが困窮しているという実感がないかもしれません。世の中そういうものだとは思いますが、下手すると業界全体がなくなる危険性があるというのは知っていただきたいです。

--この記事を読んでくださる方に、メッセージをお願いします。

マグナム師:僕たちを支えてください。金銭的にだけでなく、演芸が社会のどこで役に立つかを一緒に考えていただければと思います。

■こういう時に助けてくれるのが落語議連では?~桂文治師匠

GW中に池袋演芸場で、上方落語家を招いた寄席のトリを務められる予定だった桂文治師匠。昨年も同様の寄席が開催予定でしたが、緊急事態宣言で中止に。2度も中止の連絡をしなくてはならなかった桂文治師匠の胸中を思うと、いたたまれません。新幹線チケットの手配やホテルの予約も済んでおられていたそうです。現在のお気持ちをうかがいました。

--昨年に引き続き2度目の演芸場の休業ですが、今の心境は?

文治師:緊急事態宣言の発出でどこもやっていない中、寄席はやっていると喜んでくださっていた方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

--文治師匠のせいではないのに、そういう気持ちにさせられるものなのですね…。

文治師:私は池袋演芸場上席でトリを務める予定だったんです。年に何度もトリは務めさせてもらえるものではありません。それもGWという良い時期に。責任があります。ですから、お客さんに来ていただけるようハガキを出して割引券も作って、楽しんでいただけるよう色々な噺ができるようネタをさらって準備を重ねてきました。それが全て無駄に…。

--政治家の方が助けてくれることはありませんか?

文治師:ありませんね。落語議連があるそうですが、寄席の中心である昼席でお見かけしたことはありません。真打披露興行の夜席には、お越しになられていたようですが。あれを見て、いつも満員だと思わないでほしいですね。

--現状を知っている政治家が少ないのも問題かもしれない?

文治師:落語議連は、こういう時に手を差し伸べてくれるものではないでしょうか。実際に寄席をご覧になり、国民へ「寄席は大丈夫ですよ」と言っていただきたい。といっても、我々噺家はお上の悪口を言って食べているわけですから、あまり仲良くなってもいけませんがね(笑)。

■娯楽は本当に不要不急なのかを考えてほしい

落語芸術協会所属の寄席芸人の方々に、お話をうかがいました。様々な意見があるとお分かりいただいたかと思います。

ただ共通して感じておられるのは、もう自分たちの力ではどうにもならないという点です。元々大儲けしている業界ではなく、ささやかに活動を続けてきた業界です。このささやかさが、魅力でもあり脆さでもあります。

ここで一緒に考えていただきたいのは、寄席をはじめとする娯楽は本当に不要不急なのかということ。笑いや楽しみを社会から排除し、人々の顔から笑顔が消えることがコロナを乗り切るカギになるのでしょうか。

「笑いは社会の潤滑油」といわれるように、笑顔があるだけで心は和み物事はスムーズに進んでいきます。リモートワークの普及により孤立化しやすい昨今、娯楽の社会的な意義について考える方が増えることを祈っています。

もし寄席芸人や演芸場を応援したいと思われた方は、SNSのフォローから始めてみませんか。それだけでも、寄席芸人や演芸場は随分と励まされるはずです。

(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)

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