豊田真由子 インドの感染爆発から、日本と世界が学ぶこと、すべきこと

インドで驚異的な感染拡大が起きています。原因は、新たな変異株の流行と、いったん感染が抑えられたという油断からくる人々の行動等があると考えられ、さらに、元々医療水準や衛生状態が厳しい状況にあるだけに、感染急拡大が止まりません。 

■インド変異株とは?

インドでは、1日の新たな感染者数が連日30万人を超え、死者も連日2000人を超えています。

WHO(世界保健機関)は、「週刊感染報告」の最新版(4月27日)で、この変異株(B.1.617)が、インドのほか、英、米、シンガポールなど、これまでに少なくとも17の国・地域で報告されていること、この変異株には、感染力を強めたり、ウイルスを攻撃する抗体の働きを低下させたりするおそれのある、特徴的な変異が3つ(L452R、P681R、E484Q)あり、インドの急激な感染状況の分析からも、感染力が強まっている可能性が示唆される、としています。

WHOは、この変異株を、感染状況を注視する「注目すべき変異株(variant of interest)」に新たに指定し(※有害な変化が実証された「懸念される変異株(Variants of Concern)には、まだ指定されていない。)、各国に対し検出状況を報告するよう呼びかけました。

インド株B.1.617の3つの主な変異のうち、「L452R」は、ウイルス表面のスパイクたんぱくの452番目のアミノ酸がL(ロイシン)からR(アルギニン)に、「P681R」は681番目のアミノ酸がP(プロリン)からR(アルギニン)に、「E484Q」は、484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)からQ(グルタミン)に置き変わった変異です。「L452R」は、カリフォルニア変異株と呼ばれるB.1.429(またはCAL.20C)という変異株などが持つ変異、「E484Q」は、南アフリカ由来の変異株501Y.V2、ブラジル由来の変異株P.1などが持つ変異です。

なお、インドのB.1.617株は、「(13ある変異のうち、)2つあるいは3つがすでによく知られている他の変異株と同じだった」という意味で「2重変異」「3重変異」という言い方がされることがありますが、これについて、日本の国立感染症研究所は「2重変異や3重変異の呼称については、スパイク領域の変異数を正確に表したものではなく、本アセスメントでは使用しない。」としています。(4月26日)

■水際対策は効果があるのか?

4月26日時点で、日本国内で、21件のインド変異株が確認されています。(空港検疫20件、国内事例1件)

以前から変異株への対応策として、「完全に海外との往来をシャットダウンして、一切ウイルスを国内に入れないようにすればいいではないか」という声があります。しかし、日本国籍を持つ人や永住資格を持つ人の帰国を拒否するわけにはいきませんし、加えて、駐在員とその家族や、留学生、ビジネス等の往来は行われています。例えば、本年3月の訪日外客数(永住者等を除く外国人入国者)は12300人、出国日本人数は28900人です。(日本政府観光局(JNTO))

では、「空港で検査をして、陰性であれば大丈夫ではないか」という点については、ウイルスの量がまだ少ない等、検査の精度の問題で、ウイルスに感染していても陰性となるケースが一定程度あります。つまり、現実問題として、ウイルスは、必ずすり抜けてしまうので、どのウイルスに対しても、水際対策というのは、完璧にはいかないものなのです。

ただ、もちろん、水際対策に効果が無いということではありません。万能ではない、ということであって、感染スピードを抑える効果等は確実にありますので、引き続きしっかり行っていくことが大切です。

その意味でいえば、実は日本は、これまで、まだインドを「変異株流行国・地域(※)」に指定しておらず、5月1日から指定されることが決まりました(4月28日決定。アメリカ(テネシー州など4州)とペルーも。)

4月3日から、新規感染者数はインドが世界一となって以来、急激な感染者増は、上記(1)のグラフの通りです。それなのになぜ、これまで指定されていなかったかというのは、「インド政府が、変異株の出現を認めていなかったから」といったことが言われます(「当該国が認めていないのに、一方的に変異株が出た国と決め付けることはできない」という理屈)が、しかし、少なくとも、感染者数の急増は公表されているわけでありますので、指定の枠組みはどうあれ、外交的な気遣いよりも、国民の安全安心を守ることを優先すべきではなかったかと思います。ちなみに、感染急拡大を受け、英、タイ、インドネシア等は、インドからの入国を禁止しました。

(※)現在、海外から日本に入国する者は、空港で抗体検査を受けて、陰性であれば、誓約書を取った上で14日間の自宅待機となりますが、事実上、自由に行動できてしまう状況にあり、他国の多くの例のように、しっかりと管理できる指定場所で、確実に待機させるべき、という意見も多いところです。

一方、「変異株流行国・地域」に指定されている国・地域からの入国であれば、抗体検査に加えて、検疫所が確保する宿泊施設での入国後3日間の待機とPCR検査が行われ、(上述のとおり、完璧ではないものの)より厳格な措置が取られます。現在は、下記の29か国・地域が指定されています。英国、南アフリカ共和国、アイルランド、イスラエル、ブラジル、アラブ首長国連邦、イタリア、オーストリア、オランダ、スイス、スウェーデン、スロバキア、デンマーク、ドイツ、ナイジェリア、フランス、ベルギー、エストニア、チェコ、パキスタン、ハンガリー、ポーランド、ルクセンブルク、レバノン、ウクライナ、フィリピン、カナダ(オンタリオ州)、スペイン、フィンランド。

なお、国外からだけではなく、国内でウイルスが変異していくことによって、新たな性質を持つ変異株が出現する可能性も、もちろんあります。ウイルスはヒトからヒトに感染するたびに、変異のチャンスを得ることになりますので、感染者が多いほど、新たな変異株が出現する可能性も高くなります。したがって、変異株を制御する有効な方法は、ウイルスを複製させないこと、すなわち、感染そのものを抑えること、といえます。

■ワクチン接種が進んでも、感染は、何度でも再拡大する。

英やイスラエルのように、ワクチン接種が進んで、感染を抑えられた国がある一方で、米やチリのように、抑えられていない国があります。

インドでは、昨年9月に感染者が9万人を超えましたが、その後減少し、今年1月にモディ首相が「コロナ勝利宣言」を出しました。そして、数カ月にわたる大規模なヒンドゥー教の宗教行事「クンブメーラ」が始まり、マスク無しで数百万人が密集して、聖地の川で沐浴しました。元々、衛生状態も医療水準も極めて厳しい国ゆえ、被害が甚大になりました。WHOの報告書も、この宗教的な行事の開催など、社会的な感染対策が困難であったこと等も要因だと指摘しています。

あまり知られていないかもしれませんが、インドは、日頃から世界で流通するワクチンの6割を製造する「ワクチン大国」です。新型コロナワクチン(自国開発のものと、英アストラゼネカのワクチンを自国でライセンス生産したものとがある。)についても、インドは、ワクチン接種数世界第3位(接種総数1億4500万回、一度でも接種した人は人口の8.8%(4月27日))で、他国に輸出もしてきていました。

しかしインドは、感染が再び急拡大し、ワクチンを自国民に優先するため、新型コロナワクチンの輸出をストップしました。これにより、国連の支援を受けたワクチン公平分配プログラムCOVAXによる、中低所得国へのワクチン供給も滞っていますので、インドでの感染急拡大の影響は、世界への新たな変異株の拡散だけでなく、他の多くの国のワクチン接種にも及ぶことになります。

■世界全体で収束させるために、助け合わないと、パンデミックは終わらない。

以前より同じことを申し上げて恐縮ですが、現代社会は、グローバル化が進み、航空網が発達し、ウイルスはたちまち世界中を駆け巡ります。自国だけ・自分だけ助かろうと思っても、結局は、感染を止めることはできません。自分を・自国を助けたければ、他者や他国を助けることが必要になります。「ウイルスを日本に入れない」ことはもちろん大切なのですが、それだけではダメで、「世界全体で抑える、そのために助け合う」ことが、求められます。

したがって、人道的な意義だけでなく、こうした視点からも、欧米やWHOは、人工呼吸器や酸素圧縮機、ワクチンや治療薬等を至急インドに提供することにしています。

自国を守るため、世界を守るため、一人ひとりの努力が求められます。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

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