「感謝しているよ」中村優一が作品と共に心に刻む、急逝した佐々部清監督の最後のひとこと
最後に言葉を交わしたのは、映画『大綱引の恋』(5月7日公開)が完成した日の帰り道。佐々部清監督から「あのときのことは感謝しているよ」とボソッと告げられた。俳優の中村優一(33)はそこで初めて、自分が起用された理由がわかったような気がした。それが佐々部監督からの最後の会話になるとは知る由もなく。
佐々部監督と初めて組んだのは、升毅主演の映画『八重子のハミング』(2016年)。「憧れの佐々部組だ!」と意気込んだのが悪かった。残ったのは「もう少しできたのではないか!?」という反省と悔い。「ものすごく緊張してしまい、撮影後は悔しい気持ちしかありませんでした。だから『大綱引の恋』で再び佐々部監督から声をかけていただいた時は、嬉しい気持ちよりも“なんで!?”がありました」と振り返る。
佐々部監督の言う「あのとき」こそ、『八重子のハミング』の公開時。中村は誰に頼まれたわけでもなく、自発的にSNSで映画の宣伝活動に勤しんでいた。それを佐々部監督は人知れず見ていてくれた。「佐々部監督は、自分の作品に関わった俳優をずっと気にかけてくれる。映画監督としてもそうだけれど、愛に溢れた人間性が僕はとても好きでした」と懐かしむ。
■『どうしてですか!?』と聞きに行こうと…
リベンジ戦とばかりに、前回果たせなかった思いを『大綱引の恋』にぶつけた。鹿児島県薩摩川内市で400年以上の歴史を持つ伝統行事・川内大綱引のシーンでは、主演の三浦貴大と群衆の上に立って太鼓を叩く大役を担った。「国道を封鎖し、リハなしの一発本番。エキストラの皆さん全員が祭り経験者なので、迫力が違います。想像を絶する肌と肌のぶつかり合いがあり、カットの声もかき消されるほど。僕もテンションが上がって、腕がもげるかと思うくらい太鼓を叩きました」と胸を張る。
完成作を見て、佐々部監督も中村の奮闘ぶりを賞嘆。借りは返せた、と思った矢先に突然の訃報。佐々部監督は帰らぬ人となった。「打ち上げの席で佐々部監督は冗談で『俺の作品とほかの作品のスケジュールがかぶったらどっちを取る?』と聞いてきました。僕は真剣に『もちろん佐々部さんの作品です!』と答えました。そんな会話もあったので、次回作で僕がキャスティングされなかったら『どうしてですか!?』と聞きに行こうとさえ思っていました。それなのに佐々部監督は違う場所に行かれてしまって…」と無念。
でも最後に言われた「あのときのことは感謝しているよ」という言葉と笑顔があるから、前を向くことができる。「初号試写を見た帰りの電車内で佐々部監督からそう言われて、僕は『これからも頑張ります!』と答えました。その責任もあるし、佐々部監督の映画への熱い思いと魂を生で感じた者として、この先も俳優として歩き続けられたらと思います」。名匠亡き後も想いと作品は残り続ける。
(まいどなニュース特約・石井 隼人)