前回東京五輪に開業した老舗喫茶店が壮大なプラン 新メニューは「新宿産」コーヒーへ向けた第一歩
東京・新宿に本店を構える老舗喫茶店「但馬屋珈琲店」(イナバ商事株式会社)は12日から希少な国産コーヒーを新メニューに加える。「凍結解凍覚醒法」という農業技術でつくられた岡山県産コーヒー「にっぽんプレミアム」(1800円)がそれ。近い将来は大都会で育った「新宿産」のコーヒーを目指すと言う。
コーヒー豆の原産地といえば、ブラジルなどの南米やエチオピアなどのアフリカを思い浮かべる方も多いだろう。コーヒーの木は寒さに弱く、栽培するには平均気温が20度前後が必要。そのため、日本では栽培に向かず、ほぼすべてを輸入に頼っているのが現状だ。
そんな中、新たな農業技術を使い、国内で、しかも大都会の新宿でコーヒーを栽培し、地産地消を目指したいと夢見ているのが「但馬屋珈琲店」だ。開業は東京オリンピックが開催された1964年。新宿西口「思い出横丁」に純喫茶を構えた。以来57年、いまでは新宿に4店舗、吉祥寺に1店舗の喫茶店を展開している老舗中の老舗である。
そんな「但馬屋珈琲店」が、この12日から新メニューに追加するのが「凍結解凍覚醒法」によって栽培された豆を使ったコーヒーだ。「凍結解凍覚醒法」とは種子をマイナス60度まで徐々に冷却し、氷河期の凍結・解凍現象を人工的に再現することにより、植物が本来持つ速い成長速度と耐寒性を引き出す農業技術とのこと。この技術により、バナナなどの多くの熱帯地域の作物が温帯地域でも栽培可能になったという。
今回、ラインナップに加わった新メニューは、この栽培法を応用してつくられた無農薬の国産コーヒー。さらに、この栽培法で栽培されると甘みや旨さが凝縮されるというメリットがあるそうで、常務取締役の倉田光敏さんはこう話す。
「この栽培法を用いて岡山県で無農薬コーヒーを生産していることを知り、感銘を受けたのが始まり。岡山県まで日帰りでお伺いし、その場でコーヒー生豆を購入させていただきました」
実際にその生豆を見せてもらうと、豆は黄色っぽく豆菓子のような感じ。「これはまだ殻がついた状態です。殻を脱穀したもの、そして焙煎したものがこちらになります」。倉田さんにそう言われ、出された豆をじっくりながめたが、ふだんよく見るコーヒー豆と変わらない。味はどう違うのだろうか?
「まずは、飲んでみて下さい」と倉田さん。ドリップしてもらう間に店内を見渡すと年季の入った木造の内装や大正ロマンを感じさせる調度品や小物の数々。新宿駅前とは思えないゆったりとした時間が流れている。ここ本店があるのは新宿駅前にある「思い出横丁」というレトロ感漂う飲み屋街の入り口。ふだんは昼から酔客で賑わうエリアであるが、コロナ禍でほとんどの店が休業しており、横丁全体ががらんとしていて、もの寂しい。
「どうぞ」。その声にふと我に返る。お待ちかねのコーヒーだ。但馬屋珈琲店の楽しみといえばコーヒーカップである。高級カップがそろえられており、客の雰囲気に合わせてカップをチョイスしてくれるという。さてさて私のイメージは?写真を見て頂きたい。おそらく貴族の雰囲気を感じ取ってくれたのだろう(たぶん、前々前世あたり)。
カップの中を見ると、かなり薄い色をしている。まるで紅茶のようだ。香りはスッキリしている。しっかりとコーヒーの香りを感じさせながらも、透き通った爽やかな香りだ。ひと口飲んでみると、香りのイメージと重なる。爽やかな飲み口にサラッとした甘みを感じ、酸味は主張し過ぎず、雑味がなく、実に飲みやすいバランス抜群の逸品だ。
但馬屋珈琲店といえば、深煎りのスモーキーなブレンドコーヒーが店の顔というイメージだけにこれはまた新しい感覚ではないだろうか。「にっぽんプレミアム」と銘打たれたこの岡山県産のコーヒーは、一杯1800円で5月12日から数量限定で販売開始予定だ。世界一高価とも言われるコピルアックなどの珍しいコーヒーもそろえている同店にまたひとつ新しいメニューが増える。
もっとも、これは将来へ向けた第一歩。倉田さんは「現在はまだ夢物語ですが、コロナ禍で元気のない新宿の街を盛り上げるべく、ゆくゆくは新宿の地でコーヒーを栽培し、新宿で焙煎し、地産地消の美味しいコーヒーをご提供できればと考えております」と意気込んだ。
新宿という土地柄、なかなか栽培する場所を見つけるのは大変だという。この壮大なプランを実現するため、力を貸してくれる地元の協力者が現れることを願ってやまない。新宿栽培、新宿焙煎、そんな幻のコーヒーをいつか味わってみたいものだ。
(まいどなニュース特約・上村 慎太郎)