お庭にやってきた天使のような茶トラの子猫 致死率ほぼ100%といわれる病から奇跡の生還
2019年6月、宝塚市在住のある住民から子猫に関する相談が入った。自宅の庭に小さな子猫が居ついていると言う。現場へ向かうと、すぐに生後2カ月程の元気そうな茶色の子猫を確認できた。家の敷地内を走ったり、芝生でごろんと横になって寛いだりと自由気ままにしている。
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元気な茶トラ柄の子猫、名前はマイケルに
相談者と話し合い、子猫を保護することにした。近づくと、周りをキョロキョロ見て警戒していたようなので、そっと子猫の体を持ち上げ、キャリーバッグに入れて当団体NPO法人動物愛護・福祉協会60家の保護シェルターへ連れて帰った。
子猫は茶トラ柄をした、とても元気な男の子だ。こちらを見つめる表情は、まるで天使のようで思わず吸い込まれそうになる。ニャーニャーと鳴いてジャンプする姿はダンスでもしているかのようで私は、茶トラが主人公の漫画「ホワッツマイケル」から連想し、マイケルと名付けた。
その後マイケルは初期医療と隔離期間を経て、他に保護している子猫たちと対面。すぐに仲良くなり、友達ができた。また成猫には尻尾を噛んだり頭をパシパシ叩いたりと、やんちゃな一面も見られるようになった。シェルターには、ハムスターなど小動物が運動する回し車の猫用があり、マイケルは小さな体で回し車を全力で走る。その姿は、元気でとても逞しく見えた。
順調に成長したことでマイケルの里親募集を開始すると、初参加の譲渡会で、たくさんの家族から声が掛かった。その中から、宝塚市在住のある家族に里親になってもらうことになった。数日後には、譲渡前のお試し期間であるトライアルが始まった。
当時、高校2年生だった娘さんは、猫との生活にずっと憧れて猫カフェに通っていたという。マイケルは優しく接してくれる娘さんに懐き、トライアルを経て、正式に家族として迎えられた。
そこでは「カイ」という新しい名前をつけてもらった。カイはハワイの言葉で海を意味し、響きが良く呼びやすいという理由で名付けられた。高校2年生の娘さんは、もともと保護猫に興味を持っていたこともあり、これが縁で当団体のシェルター掃除のボランティアとして来てくれるようになった。
■「カイちゃんがご飯を食べなくて元気がない」
掃除に来てくれた日はカイの近況を教えてくれ、相変わらず元気なカイの様子を聞くと、優しい家族に迎えられて良かったと私もほっこりしていた。しかし、ある日、カイは体調不良を起こしてしまう。いつものように掃除に来てくれた娘さんが浮かない表情で「カイちゃんがご飯を食べなくて元気がないんです」と話しかけてきた。
風邪かと思って一度動物病院へ行ったそうだ。しかし、症状が良くならず、血液検査を受けることになったという。私は「元気がないのは心配ですね。風邪なのかな?また結果を教えてください」と答えた。娘さんが帰った後、気になって母親に連絡をしてみるとカイは食欲が減って動かなくなってきたという。その後、動物病院で血液検査を受けると、検査結果からFIP(猫伝染性腹膜)の可能性があると獣医師から伝えられた。
FIPは致死率99・9%と言われているほどの難病だ。多くの猫が持っていると言われている猫コロナウイルスだけだと、子猫や免疫が弱い猫が下痢をする程度の症状だが、何らかの理由で突然変異してFIPを発症する。娘さんはFIPのことをネットで調べ、致死率が高いことを知り「もう助からない」とショックを受けた。念願の猫との暮らしの幸せな日々から一転して悲しみの底に沈んだ。
同じころ、当シェルターにいた保護猫もFIPを発症し、新たな治療を行っていた。約3カ月間の治療を続けることで、これまでほとんど助からなかった猫の大半が寛解しているのだ。当シェルターの猫も治療中であったが、病気を発症する前のようにに元気に回復していた。
しかし、この治療はとても高額なのがネック。体重や症状によって内服量も変わるが、費用が100万円近くするのだ。また国内でこの治療を取り入れている病院も少なく、簡単に治療ができない。家族にはシェルターで治療中の猫が改善していることを話し、万が一FIPだったとしても絶対に助からない訳ではないと伝えた。
FIPの診断は外注検査になるため、動物病院で採血をして後日検査結果が動物病院へ送られてくる。その際、私も病院に同伴したが、獣医師から「FIPの可能性がある」と言われた。残念ながら現在ほとんどの動物病院では積極的な治療法が確立されておらず、予後が悪いと説明を受ける。
動物病院を出ると、あらためて現在シェルターで治療中の猫の治療法と経過が良好であることを話した。一方で治療費が高額であるため、家族でよく話し合ってまた必要であれば連絡をくれるように伝えた。
すると、後日すぐに母親から「カイちゃんに治療をさせてあげたいと思っています」と連絡が入った。母親は娘さんに「自分のこれまでの貯金を全て使っていいから治したい」と頼まれたという。両親はいつもカイを大切に世話している娘さんからの申し出を受け入れた。
治療を開始すると、全く食べなかったカイの食欲が徐々に戻り、数日後には奇跡的に元気な時と同じ食事量になった。食欲の回復と同時に元気も出て、ほとんど動かなかったカイは高い所へ登ったりとみるみる元気になった。それから約3カ月間の治療を終え、カイの体調は寛解した。
その後、娘さんはカイの闘病をきっかけに獣医師を目指し、この春に大学に進学した。カイは何事もなかったかのように元気に家族と一緒に暮らしている。
(NPO法人動物愛護 福祉協会60家代表・木村 遼)