「彼らは皆、自殺失敗者です」 漫画が告げる自殺未遂の「それから」

「自殺を考えている人へ」。そう題した漫画が、新型コロナウイルス禍のGWのさなかにツイッターに投稿されました。2020年の自殺者数(21081人)はリーマン・ショック後の2009年以来、11年ぶりに増加し、女性や小中高生の自殺が増えました。「自分は否定も肯定もできません」と話す作者のよしむら香月(@tuki_no_kodomo)さんが描いたのは、介護士としてそばで見てきた自殺未遂の人たちの「それから」でした。 

自殺の既遂数については、警察庁と厚生労働省が毎年人数を公表しています。2019年は20169人、2018年は20840人でした。一方、命を取りとめた人の数は直接の把握が困難ですが、参考になる統計が総務省消防庁の消防白書にあります。自損(自傷)行為への救急搬送人数で、2019年は35545人、2018年は35156人でした。

漫画の語り手は介護士の男性。彼が働く病院には若い患者さんの搬送が増えています。思春期が多く、皆意識を取り戻すことはありません。いわゆる植物状態。「彼らは皆、自殺失敗者です」と漫画は重い事実を告げます。 

植物状態とは、呼吸や体温調節、血液循環などの生命維持に必要な脳幹は機能していますが、頭部の外傷や脳への血流の停止などが原因で、大脳の働きが失われて意識が戻らない状態をいいます。遷延性意識障害とも呼びます。日本脳神経外科学会は、植物状態を、自力で動けず、食べられず、失禁状態で、意味のある言葉をしゃべれず、意思の疎通ができず、目でものを認識できない、という状態が3カ月以上続く場合と定義しています。漫画の中の自殺失敗者もそう描かれます。

 介護士の仕事は患者さんのケアです。漫画には、介護中に目にしたベッドサイドに置かれたありし日の家族写真に言葉を失うシーンが描かれます。自殺を図る前のその人を知らない以上、主人公の介護士は「僕は無責任なこと言えません」と決断の是非には触れません。ただ、「自損行為はこうしたリスクが伴うことを知ってほしい」とつぶやき、漫画は終わります。

 植物状態からの回復については、頭部の外傷が原因の場合は12ヶ月、脳への血流の停止が原因の場合は3ヶ月以内に意識が戻らないときには、植物状態が永続することが多いとされています。事実、漫画の舞台となる病院でも元気になって退院する患者はいないそうです。よしむら香月さんに聞きました。

 -介護士としてのご自身の経験ですか

「そうです。ただ、数字を記したコマを修正します。自殺者と自損行為の搬送者数を比べると『自殺を図った人のうち3人に2人は失敗している』と考えられます」

-このテーマを選んだのは

「介護士4年目なのですが、何人もの若い方が自殺に失敗し、低酸素脳症や蘇生後脳症といった状態で入院し、療養する姿を見てきました。一歩踏み出した結果こうなることは、おそらく知らない方もいるのではないでしょうか。事実として知ってほしい。そう思ったのがきっかけです」

-家族写真のコマがつらいです

「実際自分が患者さんのケアをしている最中、家族写真が目に入った時のことを思い出しながら描きました。胸がきゅっと絞られるような悲しいような寂しいような感覚でした」

-よしむらさん自身はどう考えますか

「自分の考えや意見を他人に押し付けるのが得意ではありません。生きてればきっといいことがあるという前向きな気持ちも、皆さんと程度の差こそあれ死にたいという気持ちも、どちらも経験があります。あくまでもその行動に至る思いは尊重すべきだと思い、描きました」

日本財団(東京)が2016年から実施している大規模な自殺意識調査の2018年調査によると、若年層(18歳~22歳)の3割に自殺念慮(本気で自殺したいと考えたことがある)があり、1割が「自殺未遂経験がある」と答えました。自殺念慮の原因の半数が学校問題、さらにその半数が「いじめ」でした。

 追い詰められ差し迫った特別な感情のように思える「死にたい」という気持ち。それを解きほぐすと、さまざまな悩みにたどりつきます。神戸市東灘区の精神科医、松井律子さんに取材しました。

-臨床の立場から自殺未遂について

「自殺未遂者がいずれ既遂するリスクについては、精神科医の間ではよく知られています。自殺未遂の後、職場の人や同僚に知られて周囲と距離ができてしまったり、職場にいづらくなったりする人も結構います。本人の中で自殺企図に対する「心の抵抗」が薄らぎ、ストレスがかかったとき、ふっと自殺を企図してしまう傾向もあり注意深いケアが必要です」

-性別や年代は

「自殺未遂は20~30代の若い女性で多いのです。コロナ禍で女性の自殺が増えているという報道もありました。一人暮らしで仕事が不安定だとか、相談先がなかったりする女性の患者さんには気をつけています。経済的に立ち行かないことや相談先や話し相手がない孤立状況はとても本人にとってつらく危険な状況です」

-周囲はどうすれば

「もしあなたの近くに自殺未遂歴のある人がいたら、未遂前と同じように声をかけたり、会話の輪にうまく入れてあげたりしてください。どういうふうに声をかけたらいいのかわからないという人も多いと思いますが、誰も声をかけてくれなければ「見捨てられた」という孤独感が深まります。自殺未遂について直接話題にできなくても、普段通りに声をかけてあげてください。もし親しい人であれば「辛かったんやね」とだけ伝えてもいいのです」

-コロナ禍の中、悩みを抱えている人が大勢います

「レジリエンス(ストレスから回復できる力)が乏しい人ほどリスクが高いとされています。レジリエンスについては、本人の性格、学歴、収入、家族・友人、情報収集力、豊かな趣味など多くの因子があります。世界3位の経済大国であり、教育が行き届き、福祉も中レベルといわれる中、孤立状況で経済的にも追い詰められ崖っぷちで暮らしていた人も大勢いたことが、コロナ禍であぶりだされてしまいました。悲しいことですが今日本社会のレジリエンスは高くない。国の政策が大きく影響するのはもちろんですが、一人一人が弱い人を輪の中に包み込み、守っていく意識を持つこともレジリエンスを高める大きな力となるはずです」

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【相談窓口】

・厚生労働省「こころの健康相談統一ダイヤル」

電話0570・064・556(対応時間は自治体により異なる)

・よりそいホットライン

電話0120・279・338(24時間対応。岩手、宮城、福島県は0120・279・226)

・日本いのちの電話連盟

電話0570・783・556(午前10時~午後10時)

(まいどなニュース・竹内 章)

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