「五輪の開催権は返上できる。巨額の賠償金を請求される可能性は高くない。」豊田真由子が詳しく解説<後編>
緊急事態宣言が期間延長・地域拡大される中、東京五輪・パラリンピック開幕まで、予定では、あと9週間あまり(五輪は7月23日、パラリンピックは8月24日開会)となりました。
開催を懸念する声が、国内外で高まる中、『安全安心』を具体的にどう確保するのかという大きな課題が横たわっているわけですが、最近よくご質問を受ける「日本が五輪を中止することはできないの?」という件について、賠償金の問題等含め、「開催都市契約」や過去の事例等のファクトを基に、精査してみたいと思います。五輪が開催されるにしても、中止されるにしても、国民には、正確な情報が知らされるべきだと思うからです。
■最近、海外メディアで開催への反対意見が噴出しているのは、なぜか?
<ポイント>
五輪開幕が近付く中、「日本の感染状況や医療が逼迫している状況、ワクチン接種率の低さに対する懸念」等に起因しています。
海外メディアを観ていると、ここ最近、日本の五輪問題が取り上げられることが多くなっています。基本的に「日本の感染状況と医療の逼迫状況、そして、ワクチン接種を完了が人口のたった1%、この状況で五輪を開催できるのか?」というトーンです。
感染者数(実数、人口比ともに)が欧米に比してかなり少ないはずの日本で、感染が再拡大し、1年4か月経ってなお、医療が逼迫し、入院できずに亡くなる方がいることが、医療現場の悲痛な声とともに、報じられています。これを見た海外の友人たちから、「医療も経済も進んだ先進国のはずなのに、一体、日本はどうしちゃったの?」と連絡が来ます。祖国の落日を実感して悲しくなりますが、現実を直視し、自国を客観的に相対的に見ることが必要だと思います。
欧米が感染状況を大幅に改善してきている中で、日本は減らせていない、そして、実は、東アジア・オセアニアの先進国の中では、日本は、感染者数が突出して多い状況が、ずっと続いています。
ワクチン接種が進んでいる国々では、社会経済活動の再開に向けた準備が加速しています。例えば米国CDCは、5月13日、ワクチン接種を完了した人は、屋内外でマスク着用や対人距離の確保が不要となる(ただし、飛行機やバス、列車での移動の際や、病院などでは引き続きマスク着用を求める)という新たなガイドラインを公表しました。
ヨーロッパでは、ギリシャとイタリアが、EUや日米など指定した国からの旅行者については、ワクチン接種完了証明かPCR検査の陰性証明を提示することを条件に、入国後の隔離措置を撤廃する方針を示し、外国からの観光客の受け入れを再開する動きが広がっています。
(※個人的には、感染の再拡大を招かないように、注意(確実なワクチン接種など)が必要だとは思います。)
各国がこうした状況になる一方で、経済大国かつ科学技術立国で、人口当たり病床数が世界一であるはずの日本が、新型コロナ対応に引き続き苦慮をし、病床が不足し、入院待機中に亡くなる方が続出するような状況であること、そして、コロナ対策自体が、残念ながらうまくいっていないといったことから、「果たして、開催国として、五輪をきちんと実施できるのか?」という疑問が、世界で生じている、という状況なのです。
こうした最近の国際社会の空気を、敏感に感じ取る必要があります。
「『安全安心』かどうか」は、自分ではなく、ファクトを基に、他者が判断するものだと思います。
こうした懸念に対して、理想論や情緒ではなく、ファクトで応える(例:「これだけの数の十分な病床を確保しているから大丈夫」等)ことが求められていますが、今の医療逼迫の中では、示しようがありません。
「実際に五輪をやってみたら、感染者も出ず、国民も盛り上がって、『ほら、やっぱりやってよかったじゃん!』となる」可能性もあると思います。けれど「国家の危機管理」というのは、常に最悪の事態を想定して、準備をしないといけないはずです。その意味からすると、現状では、国民に対しても、世界に対しても、その不安を払しょくすることが、できていません。
■どうやって開催するつもりなの?
現時点においては、「無観客か、収容人数の50%などの制限を設けた上」で、「来られる国・地域の来られる選手だけ(※)」でも「開催する」という方向で検討していると思います。(中止など、他の選択肢を全く考えていないという意味ではありません。)
(※)五輪・パラリンピックの参加国や参加人数が大幅に減少して開催されるというのは、過去にも例があります。例えば、国連加盟国が約150か国の時代に、1976年モントリオール五輪(参加国・地域が92)では、アフリカの22ヵ国が、ニュージーランドのラグビーチームが人種差別政策を続けていた南アフリカへ遠征したことを巡り、IOCがNZの参加を禁止しなかったことを受けて、参加しませんでした。中華人民共和国は、当時の中華民国政府の統治する台湾からの選手出場を理由にボイコットしました。1980年のモスクワ五輪(参加国・地域が81)では、1979年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻もあり、アメリカ、日本、西ドイツや韓国、ソ連と対立関係にあった中華人民共和国、イラン、サウジアラビア、パキスタン、エジプト、イスラム教諸国、反共的立場の強い諸国などが不参加でした。
東京五輪を開催すべき、という方の中には、『日本の感染者は、世界の中ではかなり少ない』、『五輪で来日するのは、ワクチンを接種し、体力のある人も多く、重症化もしないはず。だから、国内の医療に負荷がかかるということはない』という主張があります。
しかし、懸念は「選手等が感染することによって、日本の国内医療に負荷がかかるかどうか」に留まりません。選手1.5万人と関係者9万人が、一挙に東京を訪れます。検査をしても必ず偽陰性がありますので、感染力が増しているインドなどの変異株が持ち込まれる可能性もあります(実際に5月17日、栃木県で、空港検疫で全員陰性だったネパールからの入国者(6人)の一部の方が、入国後発症し、検査をしたところ全員が陽性、3人がインド変異株だったというケースが発表されました)。
選手等は外に出さないといっても、国内のスタッフやボランティアなど、大量に動員された(そして多くはワクチン未接種と思われる)方々を経由するなどして、国内に広まり、高リスク者に感染し重症化させてしまうおそれがあります。(だからこそ国は、7月末までになんとしても高齢者のワクチン接種を終了させたいのだと思います。)
元々は、多くの国民に歓迎されていた東京五輪・パラリンピックです。選手や関係者の方々のこれまでの血の滲むような努力も、もちろん分かります。
しかし、新型コロナウイルスが世界を襲い、今に至るまで、自粛、休業、時短、失業、倒産等々・・・様々な我慢を強いられ、痛みや苦しみを負う国民感情からすれば、そうした中で「世界的なスポーツの祭典」を行えるというのは、一体どういう理屈なのか。
運動会のできない子どもたちに、じっと家に籠りワクチン接種を待ち望んでいる高齢者の方々に、職を失い生活に困窮し、あるいは、ご家族を亡くし、悲嘆に暮れる方々に、どうか納得できるよう、説明していただきたい、ということなのだと、思います。
◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。