「何度も死にたいと思った」吃音の知られざる苦悩 当事者の女性が「社会の無理解を変えたい」と立ち上がる
話し言葉が滑らかに出ない発話障害のひとつ「吃音(きつおん、どもり)」。国立障害者リハビリテーションセンター研究所によると、発症率は幼児期の8%前後とされ、国や言語による差はほとんどないとされている。日本では1980~90年代に放送されたTVドラマ「裸の大将」シリーズなどで一時期は広く知られたが、周囲の無理解や社会的な関心の低さ、不寛容に苦しんでいる当事者は今も多いという。
■名前を言うだけで精一杯だった就職面接
現在29歳の奥村安莉沙さんは、2歳の頃に発症。意思疎通ができないほどの重度の難発吃音(なかなか言葉が出てこない)を抱え、子供の頃は喋り方を真似してからかわれたり、学校では理解のない教師から音読ができないことを「集中していない」と叱られたりしたこともあったという。
吃音は成長に伴って自然に治るケースも多いとされるが、奥村さんは逆に症状が悪化。「就職活動の面接では、自分の名前を言うので精一杯という状態でした」と振り返る。
■助けを呼ぶ言葉が出てこない…吃音で命の危険
数年前、乗っていたスクーターがスリップして転倒。停車中のダンプカーの下に入り込んで動けなくなってしまうという事故を経験した。「助けを呼ぼうとしたら、『助けて』の『た』がどうしても出てこない。吃音で命の危険を感じた瞬間でした」
そのときは偶然通りかかった人の足を必死に掴んで事なきを得たが、治療の必要性を痛感した奥村さんは、吃音に対する理解が深く、支援や医療の体制が充実しているというオーストラリアへ。「吃音を生じにくくする発声方法」を学ぶプログラムなどに取り組んだことで、症状が劇的に改善したという。現在もリハビリは続けているが、日常生活にほぼ支障はなく、吃音当事者だと言うと驚かれることもあるほどだ。
■「社会を変えたい」と行動開始…運命の映画との出会い
帰国後は、吃音当事者が生きやすい社会を目指す啓発活動を開始。クラウドファンディングで当事者が互いを認識するためのアイテム「ラバーバンド」を作ったり、SNSなどで当事者の声を集めて発信したりしている。
「何度も死にたいと思った」「仕事に就くことができない」「話しているときに『緊張しないで』『落ち着いて』と言われるのがつらい」…。寄せられた声には、当事者の知られざる苦悩が溢れる。
2021年の今は、吃音の子供たちが参加するサマーキャンプに密着したアメリカのドキュメンタリー映画「マイ・ビューティフル・スタッター」を自ら買い付け、字幕翻訳と宣伝、配給に奔走。吃音のせいでなかなか自己肯定感を持てない子供たちが、「あなたはひとりじゃない」「吃音があっても大丈夫」とエンパワーメントされて力強く前を向く姿を感動的に描いた作品だ。
「当事者が置かれている苦しい現状を知ってもらうため、1人でも多くの人にこの映画を見てもらいたい」と語る奥村さん。非営利でのオンライン上映会も企画しており、上映先の学校や施設、団体などを募集している。
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映画の中で「吃音のつらさは年齢ではなく、『吃音があっても大丈夫』だと知らずにどれだけ長く過ごしたかによって決まる」という印象的な言葉が語られる場面がある。奥村さんは「吃音に対する理解がもっと広まり、当事者がありのままの自分を肯定できるような、多様性が尊重される社会になってほしい」と願っている。
「マイ・ビューティフル・スタッター」はオンラインで視聴できる。映画や吃音に関する情報は公式Twitterなどで確認を。
(まいどなニュース・黒川 裕生)