「小学生の息子が御社を見学したいと…」→「こりゃ本気の子だ」 とある町工場への1本の電話に「めっちゃええ話」と称賛の声
高度な加工技術を持つ町工場が集積するものづくり最前線の街・東京都大田区。「小学生の息子が御社を見学したいと言ってまして」。試作開発などを手掛ける「安久工機(やすひさこうき)」に入った一本の電話が物語の始まりでした。無限の好奇心と熱いマインドを秘めた小学生と応えようとする大人たち。ちょっと胸が熱くなるお話を紹介します。
1969年創業の安久工機。現在、2代目社長の田中隆さんが同社を率います。電話を受けたのは息子で同社経営企画室の宙(ひろし)さん。普段から小学校の見学を受け入れるだけでなく、地元中学校の職業体験、修学旅行の見学、高校生の短期インターンなどに協力しているそうで、最初は「子ども向けの見学かな?」という印象でした。ただ、個人から直接見学依頼が来るのは珍しいので「ずいぶん積極的だなぁ」とほほえましく思ったそうです。電話の向こうの小学生のお母さんも技術的な話は詳しくない様子で、「本人が言うには…」と会話が始まりました。
小学生が関心を抱いたのは、安久工機のサイトで加工開発例の冒頭に紹介されている機械式血液循環シミュレータでした。技術力の高さを買われ、大学の人工心臓装置の開発プロジェクトにも携わるようになった同社は医工連携のさきがけ的存在で、人工心臓装置の試作実績があります。
宙さんが驚いたのは、お母さんが伝える質問の専門性。「『これサック型だ』って本人は言っていますが…」「三尖弁・僧帽弁の試作品と開発経緯を知りたいそうです」。技術畑ではない宙さんは面食らいながら、その場で検索して対応しましたが、内心思いました。「こりゃ本気の子だ」。
このやりとりをツイートすると、11万超のいいねが付き、「めっちゃええ話」「お子さんの好奇心も、それを手助けする親御さんも、快く承諾する企業も皆すばらしい」「日本のものづくりは明るい」など称賛の声が相次ぎましたが、物語には続きがありました。
コロナ禍もあり、宙さんがリモート見学を提案しましたが、小学生は「生でシミュレータを見たい」と直接の訪問を強く希望。聞けば、2人は北陸地方に住んでいるとのこと。さらに驚いたのは、お母さんが明かしたエピソード。宙さんとの電話の後、「田中さんてこの人じゃないかな」と小学生は5年生の社会の教科書のあるページを開いて見せたそうです。
教育現場の声を受け、安久工機は以前「みつろうペン」という視覚障害者用の筆記具を開発しました。蜜蝋をインクとしているペンで、書いた線が盛り上がるため、目の不自由な人も書く楽しさが味わうことができます。大田区を舞台にした成功へのドラマは、ある教科書に掲載されました。隆さんの写真もありますが、「大田区の田中さん」とだけ紹介され、会社名も書かれていません。
「みつろうペンのことをお母さんから聞いた彼は、記憶を紐解いて教科書のこのページを探し出し、社長の作業着の胸元にある『安久工機』の文字に気づいてくれたんです」と宙さんは喜びを隠しきれない様子。一連の出来事を隆さんはどう思っているのでしょうか。「社長は寡黙な職人気質なので『ほ~んやるじゃん』とだけ言っていますが、ニヤニヤした様子で明らかに喜んでいます」(宙さん)。一方、他の社員は、「すごい子だな…」と若干戦々恐々。宙さん自身も「彼の知的好奇心を満たすに十分な回答ができるか心配(笑)なところもあります」と話します。「せっかくだから大学の先生に声かけようか」とも。
一連のツイートが拡散し、ポジティブな感想があったことを「多くの方に大田区のモノづくりを意識していただけたことがうれしく、『日本のモノづくりはまだまだいける』と思っていただけたのではないでしょうか」と話しています。その一方、小学生がSNSで注目を集めたことについてはこれ以上過熱しないよう、今後親子のプライバシーに関連する情報は発信しないことにしています。
「大人の求めるドラマ性や期待を気にすることなく、純粋に自分の興味関心に集中してほしい」と宙さん。見学が実現した際は、「ようこそ!」と力一杯ハグしようかな。そんなことを考えています。
(まいどなニュース・竹内 章)