カップ麺にフタをしてくれるカップメンダコって? カップヌードルの「猫耳化」で再注目
近ごろ、深海生物界隈がにわかに騒がしい…気がする。火を付けたのは深海生物をモチーフにした雑貨を手掛ける「深海マザー」が考案したカップメンダコ。カップ麺のフタをしてくれるメンダコ型のユニークなグッズだ。オンラインショップでは、売り切れを「滅亡」、購入を「捕獲」と呼ぶなど不思議な世界観を醸し出す仕掛け人に話を聞いた。
カップメンダコの誕生は突然に
その日、彼はとある水族館にいた。入館してから、かれこれ8時間が過ぎようとしている。その間にどれだけの人が通り過ぎていったのか、係員がどんな顔でその様子を見ていたのか、彼は知らない。なぜなら、ただ一点を見つめていたからだ。
「閉館間際まで粘ってるんだ、このまま帰るわけにはいかない」
彼は分厚いガラスの向こうに佇む、いたいけな生き物から視線を逸らさない。そろそろ「蛍の光」でも流れ出しそうな雰囲気が漂いはじめたその刹那。
ビョーーーーーーン。
8時間にわたって、不動を守り続けていた“ヤツ”が跳んだ!というより、軟体ならではのしなやかさで、浮き上がったと表現するべきか。そう、彼が見つめていたのは軟体動物門に属する「メンダコ」。いままさに重力にまかせてふわふわと落下してきている。それを見つめる彼の脳裏には、あるイメージがはっきりと浮かんでいた。
「メンダコの落下点に、もし穴が空いてたら…。フタするみたいになるなぁ」
これがいわゆる「カップメンダコ」誕生の瞬間だった。
■カップメンダコ増殖中
彼とは深海生物をモチーフにしたグッズを制作、販売する「深海マザー」のプランナーでデザイナーの宇山亮氏、その人だ。今回、ご本人から冒頭のエピソードを聞いた時には深海マザーが他の追随を許さない、唯一無二の「深海グッズ屋」である所以をさらにはっきりと理解することができた。
そう、カップメンダコは深海マザーが2017年2月に発売した人気商品。発売告知がいきなりバズったほどだ。それから4年あまり、素材やカラー、性質など生態型を異にする“新種”が次々と仲間入りし、関連商品は、いまでは何と67種類を超えている。
つい先日、カップヌードルの公式Twitterが「さようなら、全てのフタ止めシール」という意味深なつぶやきをし、真相を24時間後に持ち越したことは記憶に新しいところ。発表までの間、さまざまな憶測が飛び交ったが、その中にはカップメンダコに言及する者も多くいた。何を隠そう、筆者も「カップヌードルのオフィシャル蓋になるのでは…」などと考え、妙にドキドキしたものだ。
■興奮冷めやらず、紙粘土をこねた
その深海マザーは2011年4月に創設された。東日本大震災のすぐ後だ。地震から数日後のこと、宇山氏は人づてに写真展のチケットをもらい、せっかくだからと行ってみると、もう1人、出展者がいた。”紙の魔術師”と呼ばれているペーパーアーティスト、太田隆司氏の作品を目にした宇山氏は、とにかく感動し、心が激しく動いた。
興奮が冷めやらず、翌日には紙粘土を買った。造形を学んだとか、デザインを専攻していたということは全くなかったが、とにかく手を動かしたくなった。その時に紙粘土をこねて創ったのは、うろこの足を持つ奇妙な巻き貝、スケーリーフットだった。
なぜ、そのとき、深海生物が頭に浮かんだのか?そこには、幼い頃の環境が多少なりとも関係しているようだ。千葉県の館山で生まれ育った宇山氏にとって、自然はあまりにも身近な存在だった。海も山も川も、日常の中にありすぎて、日常にはない深海の世界へと興味が向いたのだろうと彼は話す。
創ったものをSNSにあげていると評判になり、売ってみたら?と声がかかったことがきっかけで2013年にネットショップを開設。いまに至っている。
■深海グッズの母
カップメンダコは手作業で生み出されている。日々、制作していることもあり、外に出る機会は少ないという。そのせいか、生活に密着したアイデアが多い。暮らしの中で「箪笥の取っ手に何がついてたら面白いだろうか?」とか「電子レンジの扉を開けた時、何がいたら楽しいだろう」という考えが頭をよぎる。ただ、そのプロセスは意外なほどに淡々としていて、とてもニュートラルな感じがする。そのことについて、宇山氏はこう話す。
「自然の生き物たちってのは、必ずなにか地球上での役割を持って、なにかしらつくってる。無意識にみんな働いて、何かをつくり上げてるじゃないですか。それと同じでいたいんです、僕。いるべきだと思います、同じ地球上の生物として」
宇山氏にとって、プランナーやデザイナーという肩書は便宜上のものなのかもしれない。あくまで地球上に生きる、いち生物として、今日も深海グッズを静かに生み出す。「深海マザー」という名前には、深海グッズを産み落とす母でありたいという意味が込められている。この、自然物であろうとするスタンスこそが、深海マザーの真髄ではないか。
■深海マザー、さらなる深みへ
深海マザーは代表の山田氏と制作の宇山氏、そして「秋田犬」の龍氏からなる。ちなみに龍氏は、企画本部長というポジションだ。深海マザーには「深海グッズを産み落とす母」ともうひとつの意味が込められている。ちょうどタンポポが綿毛を飛ばすように、暮らしの中でさまざまな“種”を飛ばし続ける山田氏が父ならば、その無数の“種”から感覚に合ったものを引き寄せ、命を宿す宇山氏が母となる。なお、龍氏はやはり、犬である。
深海マザーは、11年目を迎えてさらに深みへと突き進んでいく。カップ麺のフタを押さえる役目を独占してきたカップメンダコだったが、ついに新たな生物が名乗りをあげた。根強いファンを持つダイオウグソクムシがそれ。さらに別の生物への展開も考えているほか「今はまだ言えない」と固く口を閉ざす“案件”が水面下、いや、海底でうごめいている。
フタ止めシールを手放したカップヌードルが、果たして、開け口の2枚のベロでフタを止めることができるのかも気になるところだが、今後も「カップメンダコシリーズ」と「深海マザー」はますます注目を集めることだろう。やがて訪れるであろう、うごめきが噴出する瞬間を見逃さぬよう、8時間メンダコを観察し続けた宇山氏にならって注視し続けたい。もちろん、新たなグッズが世に出たときは「滅亡」する前に、しっかりと「捕獲」するつもりだ。
(まいどなニュース特約・脈 脈子)