島唯一の映画館に泊まり込み、摩訶不思議な“戦争映画”を2カ月間上映した男 コロナ禍で地獄を見た気鋭の監督・河合健に聞く
「つらかった…。地獄の日々でしたね」
そう語るのは、兵庫県の淡路島で全編ロケした映画「なんのちゃんの第二次世界大戦」の河合健監督。2021年1、2月に島唯一の映画館「洲本オリオン」で実施した先行上映では、映画館の倉庫に泊まり込みながら、上映と館内に設けたカフェの運営、パンフレット販売、舞台挨拶を精力的にこなした。だがその時期は、2回目の緊急事態宣言と完全にバッティング。毎回とにかく客が来ず、0人の回もあったという。「お客さんが少ないことによる精神的なストレスは筆舌に尽くし難い。映画館がいかに大変な仕事なのかということを痛感しました」。そんな河合監督の劇場デビュー作「なんのちゃんの第二次世界大戦」とは、一体どんな作品なのか。
太平洋戦争の平和記念館設立をめぐり、架空の小さな市が賛成派と反対派に分かれて揺れる様子を描いた新感覚ブラックコメディ。市長役の吹越満、設立に反対する戦犯遺族役の大方斐紗子ら数人の俳優を除き、出演者の8割は淡路島の住民たちだ。特に現地オーディションで選ばれた西めぐみは、物語の鍵を握る少女を堂々かつ生き生きと演じ、強い印象を残している。
「演技は初めての人ばかりですが、吹越さんはそんな現場をめちゃくちゃ楽しんでましたね。『映画業界の定石から外れた、簡単に感想を書けないような映画を撮りたい』という僕の思いもしっかり受け止め、面白がってくれました」
確かにこの作品、河合監督がメッセージ性や教育的な要素を「盛り込まない」ことに心を砕いたとあって、なかなかのクセモノである。ストーリーは進むにつれて混迷の度合いを強めていき、最後は解釈が分かれる幕切れで観客を煙に巻く。
河合監督は31歳。「30代の自分に戦争や政治がどう見えているのかを、オリジナルのフィクションで描いてみようと思ったんです。僕にとっては、戦争も政治もとかく混沌としていて、何が本当かわからない。だから意図的に、受け入れられやすい反戦映画にすることも避けました」
地域性を打ち出したハートウォーミングな物語、というよくある“ご当地映画”を期待していた淡路島の人たちは、完成した本編を見てさぞ驚いたことだろう。「ちょっと騙し打ちのようなことをしてしまった」と河合監督は苦笑いしながら振り返る。
実は「洲本オリオン」は2013年を最後に常設の映画館としては営業しておらず、島民からも「閉館した劇場」だと見られていた。しかし河合監督は「せっかく映画館があるんだから」とここで上映することにこだわり、その間は自身も館内で寝泊まりすることに。スクリーンで出演者のインタビュー映像を週替わりで流したり、島在住のアーティストとコラボしたりと、「2カ月間ここでやれることは全部やりました」。その結果、身も心もボロボロになってしまった。
ただ、そんな河合監督の人生を賭した活動を支援する人の輪も広がり、洲本オリオンで定期的に映画を上映する地元プロジェクト「シネマキャロット」が誕生。河合監督もプロジェクトの一員として、これからも淡路島と関わりを持ち続けるつもりだという。
1、2月の淡路島での先行上映、5月の東京での上映。いずれも緊急事態宣言中という厳しい船出だった。ただ、東京では「わからないことに、わからないまま立ち向かう」という作品のスタンスに共感してくれる若い観客もいたといい、河合監督は7月10日から始まる関西での上映でどんな反応が返ってくるかを今から楽しみにしている。
「こんなに共感できない映画もなかなかありませんが、好きか嫌いかは別にして、とにかくまずは見てもらいたい。『わからない』ということに怯まないで、面白がってもらえたら嬉しいですね」
関西では7月10日(土)から大阪のシネ・ヌーヴォと神戸の元町映画館、16日(金)から京都みなみ会館で公開。その他の劇場情報は公式サイトで。
(まいどなニュース・黒川 裕生)